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ナス・エル・ギワン:アフリカのローリング・ストーンズ

Nass El Ghiwane CD

(画像:ナス・エル・ギワンの1999年のアルバム『Nass El Ghiwane』。ラルビ・バトマが在籍した最後のアルバムであり、ゴールドディスクを獲得)


 北アフリカのマグレブ諸国の一国であるモロッコも魅惑的な民族音楽の宝庫です。アルジェリア起源のライ、同じくアルジェリアのシャアビに相当する吟遊詩マルフーン、ベルベル系宗教音楽のエサワやラーバット、ベルベル人のモダンなダンス音楽であるレッガーダ、ブライアン・ジョーンズのアルバムで有名になった北部リフ山脈のジャジューカなど、この国には多様な音楽が溢れていますが、より広く知られているのは、レッド・ツェッペリンやジミ・ヘンドリックスも傾倒したと言われるグナワ Gnawa ではないでしょうか。

 グナワは、スーフィズム(イスラム神秘主義)とイスラム教以前の土着的な原始宗教が融合し、悪霊に取り憑かれた人の精神治療や、神とのコミュニケーションの手段として、演奏や踊りで表現する儀式的性質を持つ音楽です。16世紀末にサハラ以南、特にソンガイ帝国(ニジェール川湾曲部を中心に西スーダンのほぼ全域を事実上支配した黒人王国。ガオ帝国とも呼ばれる)が崩壊した頃から北上してきた奴隷や金貿易によってモロッコに根付いたと言われ、その語源は諸説ありますが、サハラ周辺のベルベル人の方言で「黒い男」を意味するアグナウ aguinaw を由来とするという説もあります。
 グナワではチビラ Tbila という打楽器、ゲンブリ Guembri という三弦ベース(昔は二弦)、カルカバ Qarqaba という鉄製のカスタネットが演奏に使用されますが、表現様式は特に定まっておらず、地域ごとにそのアプローチは異なり、口頭伝承によって次世代に引き継がれています。
 グナワはモロッコ全土に拡がっていますが、その中心地はカサブランカやエッサウィラ(マルサウィーと呼ばれるグナワ)、マラケシュ(ガルバウィーと呼ばれるグナワ)であり、また北部のタンジェやメクネスでも見られます。マラケシュの世界遺産ジャマ・エル・フナ広場では、夜毎に大勢の若者たちが輪になってグナワの楽曲を皆で大合唱するという光景にぼくも出くわし、この音楽の持つ並々ならぬパワーを強烈に感じさせられました。毎年5月にはカスバ街道沿いの村、ケラア・デ・ムグーナで「バラ祭り」が開催され、グルーブ感のあるアーティストが大勢集まるようなので、またモロッコに行く機会があれば是非とも見てみたいです。
 エッサウィラは特にグナワ人口が高く、毎年6月に現地で開催されるグナワ・フェスティバルは一見の価値があります。このフェスティバルの2004年のコンピレーション盤を現地で購入しましたが、演奏の質も高く、グナワの現在を知るには最良の音源ではないかと思いました。エッサウィラを訪問した時に、このグナワ・フェスティバルの常連でもあるゲンブリ奏者のマフムッド・ガニア Mahmoud Gania に直接会ったことがあるのですが、ハシシでベロベロに酔っぱらった彼とマトモにコミュニケーションをすることが出来ず、挙げ句の果てには彼を怒らせてしまうという残念な出来事もありました(この時の様子は旧ブログ「今日のコイデ:#041.グナワ奏者との出会い」にて公開しています)。


 さて前置きが長くなりましたが、本題に入ります。
 このグナワを商業的に大々的に拡げた重要なアーティストとして、ナス・エル・ギワンとジル・ジラーラが思い浮かぶのですが、今回はナス・エル・ギワンについて詳しく触れたいと思います。

 ナス・エル・ギワン Nass El Ghiwane は、カサブランカの Hay el Mohammadi の貧しい地区の4人の若者、ラルビ・バトマ Laarbi Batma、オマー・エッサイ Omar Essayed、ボジェマ・ハゴール Boujemaa Hagour、アラール・ヤーラ Allal Yaala によって60年代後半に結成されました。当初は劇団の演奏家として活動していましたが、その後ボジェマの友人であるモーレイ・アブデラジィズ・タヒーリ Moulay Abdelaziz Tahiri を迎え、ラジオやテレビなどのメディア出演によってだんだんと知名度を上げていきます。
 ナス・エル・ギワンのサウンドはグナワ、エサワなどの民族音楽がミックスされたもので、ゲンブリと歌を担うアブデラジィズの加入により、メロディ面においてはモロッコ伝統音楽のマルフーンの影響がさらに濃くなりました。1974年にデビュー曲「Essiniya」がリリースされるや否や、言論の自由のなかった当時の独裁的なモロッコにおいて、社会問題や政治的なメッセージを伝統的な音楽に乗せて Darija と呼ばれるモロッコのアラブ語で暗喩的に歌うナス・エル・ギワンの音楽スタイルが、フランスから独立後の混乱した時代の若者層に受け入れられ、彼らは若者の代弁者としてモロッコの音楽シーンに多大な影響を及ぼすこととなったのです。彼らの精神はブルースやパンクミュージックのそれに通じるものがあるように思います。
 時としてレコードの発売禁止やライブの中止という抑圧もあったようですが、音楽的な影響力の大きさからしばしば「アフリカのビートルズ」とも揶揄されることもあり、また映画監督のマーティン・スコセッシは、反骨精神を持つ彼らを「アフリカのローリング・ストーンズ」とさえ形容しました。

Trances デビュー曲 Essiniya のリリースの後、アブデラジィズは音楽の方向性の違いからバンドを去ることとなり、エッサウィラで大工をしていたアブデラマネ・パコ Abderrahmane Paco を迎えたことにより、バンドはマルフーン色からよりグナワ色の強いサウンドに変化していきます。アラビック・リュートを弾いていたアラールは、金属製でより正確なチューニングが出来る西洋楽器のバンジョーを、アラブのマカームで使用できるようにクオーター音(1/4音)まで出るように改造して使い始めました。彼がバンジョーを使い出したのはチューニングの問題だけでなく、ステージ上でストラップをつけて演奏するのに適しているという理由もあったようです。
 1974年10月24日に、魅惑的なアルトボイスを持つグループの中心的存在であったボジェマが死去しました。政府に暗殺されたとか薬物中毒だったなどと噂されたましたが、真相は胃潰瘍による病死であるとメンバーのオマーが後に語っています。ボジェマの死後20年間はラルビ、オマー、アラール、アブデラマネの4名で安定した活動を続けて、1981年にはモロッコの映画監督のアフメド・エル・マノーニ Ahmed el Maanouni により、彼らの音楽ドキュメンタリー映画「Al Hal(英語表記では"Trances")」が世界中で公開され、その後もずっとシンプルな音楽スタイルを変えることなくアルバムリリースやライブ活動を精力的に行い、80年代の終わりまでにはもはや伝説の存在にまでなっていました。
 映画「Al Hal(Trances)」は今年2007年においては、5月のカンヌ映画祭のカンヌ・クラシックや、同年10月にイタリアで開催されたロマ・フィルム・フェスティバルでリバイバル上映され、彼らの存在が見直されつつあります。DVD発売化も大いに期待したいところですね。

 ゲンブリ奏者のアブデラマネはより伝統的なグナワ音楽に傾倒していったため、ついに1993年にバンドを去り、代わりにラルビの実弟のハミッド・バトマ Hamid Batmaが加入しました。一方アブデラマネはエッサウィラで二人の息子たちと共に活動を始め、グナワの伝統的な賛美歌やオリジナル曲はもとより、ナス・エル・ギワンのカバー曲やボジェマやラルビに捧げる「Kounna Khemsa」という曲を録音したり、エッサウィラで開催されるグナワ・フェスティバルにも参加しました。
 1998年にはグループの中心人物であったラルビが肺ガンで死去し、創設メンバーはオマーとアラールのみとなり存続の危機を迎えますが、前年97年にラルビのもう一人の実弟であるラチード・バトマ Rachid Batma が加入してバンドはさらに前進します。ラルビに捧げる曲「May Doum Hal」を録音し、カナダ、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー、チュニジアなどでツアーを再開し、2002年にはアルバム『Haoud Enna'naa』を発表、2005年には ゴールデン・ラバーブ賞 Golden Rebab prize を受賞。そして2006年にはラルビ死後の新生ナス・エル・ギワンの3rdアルバムとして『Ennehla Shama』も発表して現在に至っています。残念なことにアブデラマネは、現在パーキンソン病のために療養中です。

 ナス・エル・ギワンはメンバーの交代はあったものの、結成後35年以上に渡ってファンや自分たちに忠実な活動を続けてきました。彼らは現代のメインストリームの音楽を横目で眺め、昔と変わらぬ伝統的な楽器で同じ演奏を繰り返しています。ライの帝王と呼ばれるハレド Khaled のような大歌手が彼らの楽曲をライブで取り上げたり、若い女性シンガーソングライターのナビラ・マーン Nabyla Maan がカバー曲を発売したりと、昨今さらに再評価されている兆しがあります。
 ナス・エル・ギワンに続き、スーフィズムのジラーラ教団から名前を取ったジル・ジラーラ Jil Jilala を筆頭に、レムシャーヘヴ Lemchahebエッシハム Essihamイゼンザーレン Izenzarenアフラック Aflak、「ライの騎士」と言われたブシュナーク兄弟 Les Freres Bouchnak の中心人物であり、ウジタ出身で現在はフランスで活動しているハミッド・ブシュナーク Hamid Bouchnak(父親はアラボ=アンダルース音楽界で有名なベン・ヨーナス・アファンディ Ben Younas Afandi )、そして残念ながら今2007年に解散を発表した、アルジェリア出身でフランスで活動しているグナワ・ディフュージョン Gnawa Diffusion などのバンドも、伝統音楽にアルジェリアのライや西洋音楽の要素をミックスしてモロッコの音楽シーンを賑わせています(各アーティストのリンク先はYouTubeです)。



【アルバム・ディスコグラフィ】リンク先はamazon.fr
Ennehla Shama(2006, Emi Arabia)
・Haoud Enna'naa(2001, Atlasound)
Senia(2001, Fassiphone)
Youm Melkak(2001, Fassiphone)
Nass El Ghiwane(1999, Melodie)※ゴールドディスク獲得
Best of Nass el Ghiwane(1998, Blue Silver)
Salama(1997, Blue Silver)
Hommage a Boudjemma(1997, Blue Silver)


【メンバーおよび担当楽器】括弧内は加入期間
・Omar Essayed (1969 - ):Bendir/Daadouh
・Laarbi Batma (1969 - 1997):Tbila
・Boujemaa Hagour (1969 - 1974):Bendir/Daadouh
・Allal Yaala (1971 - ):Fretless Banjo
・Moulay Abdelaziz (1971 - 1974):Guembri (Sentir)
・Mahmoud Essaadi (1971 - 1971) (※):Arabic Lute
・Abderrahmane Paco (1974 - 1993):Guembri (Sentir)
・Hamid Batma (1993 - 1997):Tbila
・Rachid Batma (1997 - ):Tbila
※デビュー前に一時脱退したAllalの代わりに参加。後にJil Jilalaに加入。


【ナス・エル・ギワンの映像】リンク先はYouTube
Film Transes:1981年の映画「Al Hal(Trances)」の熱気溢れるライブ映像
Essiniya:デビュー曲のライブ映像。わりと最近の映像の様子
Ach Jra Lik:心地よいトランス感の楽曲

    2007/12/07   世界の路傍音楽     64TB 0   64Com 0  ↑ 

ミュージシャンズ・オブ・ザ・ナイル:砂漠のストリート・ミュージック

From Luxor to Isna

 エジプトを代表するアーティスト、ミュージシャンズ・オブ・ザ・ナイルのCD『From Luxor to Isna』を手に入れたのは、今から18年前のことでした。当時は今のようにインターネットで気楽にCDを試聴、購入できる時代ではなく、殊に世界音楽というジャンルはさほど国内で流通していなかったので、海外に行った時にはここぞとばかり気合いを入れて、音源を大量に買い込むことを繰り返していました。本CDは発売直後にカリフォルニアのタワーレコードで購入した覚えがあります(そういえば、昨年に米国タワーレコードは廃業になりましたね)。
 当時はエジプトの民族音楽という認識で、このミュージシャンズ・オブ・ザ・ナイルを愛聴していたのですが、後になってトニー・ガトリフ監督の『ラッチョ・ドローム』で、妖艶で華やかなガワーズィーのオリエンタル・ダンサーの元で演奏する彼らを観て、彼らがロマ音楽を語るに重要なアーティストであることを知ったのでした。

 インドからスペインまでのロマの漂泊の道において、中東や北アフリカのアラブ音楽には興味深いものがあります。現在のロマ音楽といえば、スペインのフラメンコ、ルーマニアのラウターリ、バルカンのブラスバンドなどがその代表格として多く取り挙げられますが、個人的な嗜好としてはインドのラジャスタン地方の楽士や中東・エジプトのアラブ音楽に目が向いています。フラメンコ、特にトケ・フラメンコにおける音楽的な影響は、ヨーロッパを辿る本流のルートよりも、北アフリカさらにはブラックアフリカの影響が大なのではないかとも思うのです。

 ミュージシャンズ・オブ・ザ・ナイル(正式なグループ名はフランス語表記の「Les Musiciens Du Nil」)はルクソールで結成され、千年の歴史を持つアッパーエジプトの伝統曲やジプシーの伝承曲を演奏していました(便宜上、以後「ジプシー」表記はエジプトの放浪民を示し、インド起源のロマと区別します)。
 グループの中心的存在 メトカール・ケナーウィー・メトカール Metqal Qenawi Metqal は、カナック神殿の近くの村 Abu-al-Djud 近隣のジプシーのコミュニティで育ち、彼の歌唱やラバーブ演奏の音楽的才能は小さな頃から評判であり、60年代にはすでに政府の依頼で海外にてエジプト伝統音楽の演奏活動をしていました。メトカールは卓越した才能から「東洋のジミ・ヘンドリックス」と形容されることもあります。もう一人の歌い手、シャマンディー・タウフィーク・メトカール Shamandi Tewfiq Metqal は十世紀中旬に北アフリカを占領したベドウィンの英雄アブ・ゼイド Abu Zeid にルックスが似ていると言われる個性的な詩人です。彼ら吟遊詩人の天にも届くような朗唱は、インドのラジャスタン地方の楽士マンガニヤールと共鳴する魂すら感じさせられます。
 前述の二人とラバーブ奏者のムハンマド・ムラード・メトガーリー Muhammed Murad Mejali は、スーダン起源の音楽的才能に恵まれた有名な Mataqil族の一員でもあります。エジプトにはMataqil族以外にも、ガワーズィーの踊りで有名なNawar族、Masilib族、そしてシリア起源のHalab族などが芸能に秀でたジプシー民族として知られています。

 ミュージシャンズ・オブ・ザ・ナイルは、1975年にエスニック音楽研究者のアラン・ウェーバー Alain Weber に見出され、彼がマネージャーとなった後、成功への階段を駆け上がることになります。同年にフランスで開催された Chateauvallon Festival にサン・ラやキース・ジャレットなどのジャズ・ミュージシャンと共に参加、またピーター・ガブリエルが中心となって開催されたWOMAD Festival(World of Music and Dance Festival)の1983年のイベントに参加するや否や、彼らは一躍注目を浴び、アラブ音楽を世界区に押し上げ、さらに1991年のイタリアのフィレンツェのジプシー・フェスティバル、1995年のスイスのルーサーンのジプシー・フェスティバルの参加により、ロマ・ミュージックの重要なアーティストとして世界中に名を轟かせるまでに至りました。

 ピーター・ガブリエルが主宰するレーベル、Real World Recordsでは、レーベル作品第一弾であり、マーティン・スコセッシ監督の「最後の誘惑」のサントラ盤でもあるピーターのアルバム『パッション』に参加、そして89年には同レーベルから彼らのアルバム『From Luxor to Isna』が発表されました。その後、96年に同レーベルから『Charcoal Gypsies』、01年にフランスのオコラから『Egypt』、06年にはロング・ディスタンスから『Down By the River』を発表し、今でも息の長い活動を続けています。
 残念なことにアルグール奏者であった Mustafah 'Abd Al' Aziz を筆頭に、何人かの創立メンバーが近年死去してしまったそうですが、現在も新しいメンバーを迎えてエジプト民族音楽の伝統を守り続けているようです。

 ドホラやドゥッフ、タブラなどの片面太鼓、馬毛を弓毛とする二弦の擦弦楽器ラバーブ、円筒形で甲高い独特の音を出す笛ミズマール、アラビアのバグパイプとも揶揄される気鳴楽器アルグールなど、エジプトの民族楽器が織りなすアンサンブルや、現地の生活音を取り入れてストリート感溢れる魅力的なアラビアン・ロマ・ミュージックを展開しています。特にミズマールによるサーキュラーブリージング(循環呼吸法)は見事としか言いようがありません。サイーディー Saiyidi と呼ばれるこの歴史の深いジャンルの音楽に包まれていると、雄大なナイル河を背景にして現地のミュージシャンを撮影してみたいという衝動に駆られてしまいます。



【アルバム・ディスコグラフィ】
・Down By the River(Long Distance, 2006)
・Egypt(Ocora, 2001)
・Charcoal Gypsies(Real World, 1996)
・From Luxor to Isna(Real World, 1989)


【メンバーおよび担当楽器】
・Metqal Qenawi Metqal:Singing & Rebab
・Shamandi Tewfiq Metqal:Epic Singing & Rebab
・Mohamed Murad Medjali:Rebab
・Mustafah 'Abd Al' Aziz:Arghul & Dohola
・Hanafi Mohamed 'Ali:Tablah
・Mohamed Abu Haradji:Mizmar
・Ramadan 'Ata:Mizmar
・Mohamed Isma'il:Mizmar
・Djad Al Rab Mahmud:Tablah Baladi
(メンバーは『From Luxor to Isna』発表時のものです。以後、Yussef Bakash の加入など多少のメンバー移動があります)


【MP3試聴&購入サイト】
● ミュージシャンズ・オブ・ザ・ナイル MP3試聴&購入サイト:Calabash Music, 『Down by the River』
● ミュージシャンズ・オブ・ザ・ナイル MP3試聴&購入サイト:mp3fiesta.com,『Charcoal Gypsies』

    2007/11/19   世界の路傍音楽     62TB 0   62Com 0  ↑ 

ヴィエラ・ビラ:子宮回帰型のロマ・シンガー

Vera Bila

 ロマ・ミュージックと言えば、久々の新譜「仮面舞踏会」をリリースしたルーマニアのタラフ・ドゥ・ハイドゥークス、ピーター・ガブリエルが主催するReal World Recordsレーベルに参加しているエジプトのザ・ミュージシャンズ・オブ・ザ・ナイル、マケドニアはスコピエ出身のジプシーの女王エスマ・レジェポーヴァ、今夏にも来日したインドのラジャスタンの芸能集団ムサフィール、カンテ・フラメンコ界で最も重要なスペイン南部カディス出身のカマロン・デ・ラ・イスラ、そして南フランスから世界区となったジプシー・キングスなど、有名どころを挙げるだけでも色々出てくるのですが、最近好んでよく聴いているチェコの巨漢シンガー、ヴィエラ・ビラを紹介します。

 ヴィエラ・ビラは1950年代半ばに、チェコのボヘミア地方トキチャニで生まれた生粋のロマです。名前の「ビラ」は白を、バンド名の「カリ」は黒を意味し、黒はロムの肌を、白はガジョ(非ロム)を暗喩する色とされています。ロマ音楽などラジオやテレビの電波に一切乗らないチェコ国内で、1995年発表のデビューアルバム「Roma Pop」は三千枚のセールスを記録しました。無名のロマ・ミュージシャンのセールスとしては驚くべき数字です。そもそもの発端はチェコの人気バンド、ネレーズの女性ヴォーカリスト、スザーナ・ナヴァロヴァがツアー中にヴィエラの噂を聞き、ロマの宴会で演奏する彼女たちの姿を見て以来交流を深め、ネレーズがプロデューサーとなって「Roma Pop」をリリースしたという経緯があったのです。そしてその後フランスのロック系のインディペンデント・レーベルであるラスト・コールが彼女たちのデビューアルバムをリリースするや否や、フランスではチェコ本国以上に大ブレイクし、日本でも二枚のアルバムがリリースされるほど有名になりました。

 ヴィエラは7歳から村の祝祭で歌っていて、その音楽スタイルはロマの純粋な伝承音楽のひとつ、ツィンバロ・ムジカ(ギター、バイオリン、ツィンバルムを使用)でした。このジャンルのバイオリンの名手と呼ばれたカロル・ギーニャが、幼い彼女の音楽の師となったのですが、他の音楽的影響を受けずにストイックに伝統音楽の教育を目論んでいたカロルの考えとは裏腹に、ヴィエラはビートルズ、ビーチ・ボーイズ、ビージーズなどの西側の音楽により深く傾倒していき、師匠を大いに困らせたようでした。
 デビューアルバム「Roma Pop」では、そんな彼女が培ったポップ感覚が十二分に発揮されており、西側ポップ音楽の流用(たとえばビートルズ「ビコーズ」、レッド・ツェッペリン「天国への階段」など)が至るところに見受けられて面白いです。アルバムを通してツィンバロ・ムジカの要素はあまり盛り込まれておらず、南フランスのカマルグ地方で聴かれるルンバ(交流のある南フランス出身のジプシー・キングスの影響?)やブラジルのボサノヴァの要素が特に強く印象に残ります。

 楽理的には非常にシンプルなのですが、巨漢ヴィエラの太く柔らかい声や、多彩なヴォイシング、どことなく懐かしくて親しみ易いメロディーに包まれていると、まるで母親の子宮の中にいるかのような、浮遊した心地よさすら感じます。そして面白いのはロマの私生活や感情を感じさせる歌詞。たとえば名曲「Miro ROM Hin Ternoro」はラブソングを彷彿させるような切ないメロディですが、実際には『私の夫は若すぎて/いつも他の女たちの尻ばかり追いかけている/お母さんが言った通りだった/あの男と一緒では生活がめちゃくちゃだ』と、奥さんが愚痴をこぼすような内容で面白い(この楽曲は世界のジプシー音楽を集めたコンピレーション盤「World Gypsies Vol.2」のライブ音源が秀逸なので、機会があれば是非とも聴いてみてください)。
 他にも「おまえ、よそ者」「稼ぎが悪い」「腹を立てるな」など、生活感漂う曲名にもグッときます。ロマの生活をポップ音楽に昇華したという意味において、ガジョ(非ロム)に一歩すり寄っている印象すら覚えます。すでに世界区になったジプシー・キングスの名を挙げるまでもなく、ロマが抱えている様々な問題を解決する糸口として「音楽」は重要な要素であることは疑いようがありません。
 分厚いハーモニーに絡むヴィエラの哀愁を帯びたメロディ。悲しみや死をテーマにした重い歌が多いのに、聴き終えた後はなぜか気持ちが軽やかになって、世界がオプティミスティックな拡がりを見せるのはなんとも不思議です。

 デビューアルバム「Roma Pop」は現在廃盤ですが、98年発売の2ndアルバム「Kale Kalore(情熱のカリ)」と共に、インターネットの世界音楽サイト calabashmusic.com でMP3データの試聴とダウンロード販売が可能です(米国発信の本サイトはストリート系世界音楽、中でもアフリカ諸国の音源が豊富です)。日本でのデビューアルバムは「Rovana(泣きたい気持ち)」ですが、全体的にバラード調の曲が多く、ヴィエラの個性が充分に表現されていないように思います。それ以外に2枚の輸入盤「Queen of Romany」「C'est Comme Ca」が入手可能ですが、残念ながらまだ未聴です。
 どのアルバムのジャケットデザイン・コンセプトも彼女の巨漢と花がテーマになっており、非常にインパクトがあるのですが、彼女自身がそのミスマッチ感を楽しんでいるのが伝わってきます。YouTubeでプロモ映像を三本見つけたので、併せて是非ご覧ください。チェコのロマの生活が垣間見られます。


●Vera Bila MP3試聴&購入サイト:Calabash Music, Vera Bila Downloads
●Vera Bila YouTube プロモ映像1:Music Clip "Dzal Pani"(邦題「町に水が流れる」)
●Vera Bila YouTube プロモ映像2:Music Clip "Ma Dza Nikhaj"(邦題「水」)
●Vera Bila YouTube プロモ映像3:Music Clip "E Daj Nasval'i"(邦題「お母さん、あなたなしでは・・・」)

    2007/10/28   世界の路傍音楽     60TB 0   60Com 0  ↑ 

カマロン・デ・ラ・イスラ:リアルな一枚

La Leyenda del Tiempo

 三年前、朱夏のアンダルシア訪問でグラナダに滞在していた時の出来事。カルメン広場の路地裏の安ホテルで寛いでいた白い夏の午後、向かいの家屋からいきなり大音量で流れてきた音楽に電流を浴びたような衝撃を受けました。ロックを彷彿とさせるフラメンコ風の楽曲。激しいビートに畳み掛けるようなメロディと力強く哀愁を帯びた歌声。まるでザ・フーの "Real Me" を初めて聴いて衝撃を受けた若い頃のような、体の底から熱いモノが湧き上がるようなリアリティを感じたのです。一瞬にして周りの風景が原色味を帯び、さらにハイキーで濃密なコントラストに変化する。スペインと自分が密接に繋がった瞬間でした。
 後になってこの衝撃的な楽曲が、カンテ・フラメンコ界で最も重要なカディス出身のシンガー、カマロン・デ・ラ・イスラの「La leyenda del tiempo(時の伝説)」というアルバムのタイトル曲だと知ったのですが、今でもこの曲を聴くと、グラナダのホテルのベランダから観た風景や街中の香しい匂い、さらにはアルバイシンのひんやりとした石畳や夜のアルハンブラ宮殿の赤い城の光景がふっと蘇ってきます。およそ純粋なフラメンコとは言い難い、ロック的アプローチを持ったプログレッシブなこの楽曲こそが、ぼくの魂を揺さぶった強烈なフラメンコ原体験なのでした。

 カマロンのアルバムでは、他に「Camaron Nuestro」「Como el agua」 「Calle Real(個人的にはこれが一番好き)」「Soy gitano」「Potro de Rabia y Miel」などを愛聴していますが、前述した1979年発表の「La leyenda del tiempo」は本当に凄いとしか言いようがない。パコ・デ・ルシアの代わりに二十歳のトマティートをギター伴奏に初めて起用したアルバムであり、ライムンド・アマドールもロック・フィーリング溢れるギターで参加。作曲にキコ・ベネノを迎えたり、詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカを偲んで5曲に彼の詩を引用しています。
 タイトル曲 "La leyenda del tiempo" はスピーディーなブレリアやタランタのリズムで構成されている重要な楽曲で、さらに最終曲 "Nana del caballo grande" では、シタールのドローンを中心としたインド音楽的なアプローチとフラメンコを融合、ロマの原点と終点を結ぶという大胆なアレンジに挑戦していて、おもわず唸ってしまうほど。ローリング・ストーンズのミック・ジャガーも尊敬して止まないこのカンテオール。肺ガンのため92年に41歳の若さで逝去したのが本当に悔やまれます。
 カマロンのアルバムは何枚かリマスター盤が発売になっているようなので、スペインに行く機会があったら是非ともまとめ買いしたいですね。

 最近ほとんどのCDを処分してしまい、楽曲はもっぱらインターネットのダウンロード販売サイトから購入することが多いのですが、Apple社のiTune Music Storeでは手に入らない音源が多いため、最近は専らロシアの格安MP3ダウンロード販売サイトを利用しています。その中でもmp3fiesta.com はフラメンコ系の音楽が充実しているので特に重宝しています。
 アルバム1枚分ダウンロードしても大半が1ドル未満。ビットレートも128kbps以上なので、通常のオーディオシステムでの再生なら、マニアでない限り不満はないと思います(厳密にいえば、データ圧縮すると人間の不可聴周波数領域がカットされ音のニュアンスが変わるので、CD音源と比較すると音質は変化します)。現在ぼくはオーディオシステムを処分してしまい、iPodを音楽制作用のモニタースピーカーに繋いで聴いているのですが、この環境で特に不満はありません。しかし極めてたまにポップノイズやヒスノイズが目立つ楽曲(「Camaron Nuestro」は酷かった)もあり、このロシアのサイトの音源の出所に不審な点はあります。でも最近の音源なら問題ないと思いますよ。
 レジスター後、20ドル〜100ドルの金額をクレジットカード決済でデポジットして、その後自分の好きな楽曲をダウンロードし放題。iTune Music Storeのようにダウンロードしたデータにジャケット画像も付いていないし、ダウンロードも手動なので面倒なのですが、とにかく安いのであまり文句も言えない。#LS-3M-P-06-94というロシアのライセンスを取得して営業しているようなので、違法性はないように思われます。ロシアには他にもLegalsounds.comMp3sale.ruなどの格安MP3ダウンロード販売サイトがあります。


mp3fiesta.com - MP3試聴&購入ページ:La Leyenda Del Tiempo

    2007/10/22   世界の路傍音楽     59TB 0   59Com 0  ↑ 

こいで みのる

こいで みのる
67年生まれ。旅人。
民族的・音楽的に惹かれる国を訪れ、映像や写真、音楽で『世界と自分との関係』を表現している。

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