La creation absurde

2007年04月の記事一覧

デジャ・ヴュ(ジャイサルメール)

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 チビッ子はじっとしていない。なんとかして大人しくさせてようやく撮った一枚。

 シャッターを押すときに既視感に捕らわれた。それが何であるのかずっと思い出せなかったが、帰国後、部屋に飾ってある写真の紙焼きを見てやっと合点がいった。2004年に訪れたリスボンのアルファマ地区での一コマと気持ちがダブっていたのだった(旧ブログ「今日のコイデ」の過去記事にリンクしています)。

    2007/04/30   旅:インド ラジャスタン 2007&08     21TB 0   21Com 0  ↑ 

見えないけど背後には風車群(ジャイサルメール)

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 チビッ子を抱きかかえ、塀の上に乗せて撮影。彼らを普通に撮るのはすでに飽きた。

 背後のタール砂漠には、ジャイサルメールの電力を賄っている無数のプロペラ型風車がそびえ立っていた。ヨーロッパ資本かと思いきやアメリカ資本だと言う。温室効果ガス排出の削減にも役立ち、環境保護の面からみれば良いことだが、戦闘ミサイルを彷彿させるような近代的な風車が不毛な土地にモヤモヤと立ち並ぶ様に、一種異様な印象を受けた。
 インドではよく停電に遭ったが、出力電圧が不安定であるという風力発電の欠点も影響していたのかもしれない。

    2007/04/28   旅:インド ラジャスタン 2007&08     20TB 0   20Com 0  ↑ 

モード系少女(ジャイサルメール)

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 ストリートをふらついていて少女に出くわす。彼女は自分からポーズを取って挑発してきたけど、着ている服が地味なので何かモノ足りない。

「他に好きな服持ってる?」。

 しばらくすると彼女はバラのように鮮やかな赤い服に着替えて戻ってきた。

    2007/04/27   旅:インド ラジャスタン 2007&08     19TB 0   19Com 0  ↑ 

ガディサール湖(ジャイサルメール)

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 フォートの南東に位置するガディサール湖は、元は水源を確保するために人工的に作られた貯水池であったが、現在はヒンドゥー教徒の沐浴池であり、音楽家たちの早朝練習の場ともなっている。

 「あそこで練習しているのはベガーの子どもだけだよ」。インド人がふざけた嘘をつく。楽士をチャーターして撮影するといった少し金が絡んだ話になると、彼らの本性が顕わになる。狡猾なアラブ人に比べればインド人の嘘など可愛らしいものだが、それでも情報を集めるほど様々な嘘や詐欺が乱れ飛び、終始混乱させられた。これもインドの姿なのだ。

    2007/04/26   旅:インド ラジャスタン 2007&08     18TB 0   18Com 2  ↑ 

対牛関係(ジャイサルメール)

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 ジャイプールのピンクシティ、ジョードプルのブルーシティに対し、砂漠の要塞都市ジャイサルメールはゴールデンシティと呼ばれている。前者二つの街に比べると閑静で風光明媚な環境ということもあり、ここを国内で一番好きな場所に挙げるインド人にも多く出会った。

 情緒溢れた赤茶けたフォート内の狭い道を悠々と歩く聖なる牛。慣れてしまえば日常の平凡な光景なのだが、牛社会のヒエラルキーも垣間見た。ゴミ捨て場で餌を漁る時、おあずけを食らって順番待ちをする野良牛。道端でいきなり角同士をバキバキぶつけ合い、縄張りのことで喧嘩をする雄牛たち。インド牛界も人間界同様、対牛関係でいろいろと大変なことがありそうだ。

    2007/04/25   旅:インド ラジャスタン 2007&08     17TB 0   17Com 0  ↑ 

バス停にて(クーリー)

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 バス待ちの少年は語る。数ヶ月前に近辺の村で夜中にいきなり大雨が降り、やがてそれが洪水となって、あっという間に村ごと流されてしまったのだと。前日の激しい雨を経験して、砂漠でもそんなことがあり得るのだと妙に納得。

 やがて洪水のような大爆音のクラクションをかき鳴らして、ジャイサルメール行きのバスがやって来た。車中では年老いた老人が通路に座り込み気持ちよさそうに謳っている。その謳声はまるで空気のように雰囲気に馴染んでいた。観光客相手の楽士の演奏も華やかで良いが、生活の中に溶け込んでいるこんな鼻歌に心を奪われる。土地に根付いた生活者としてのリアリティと魂をそこに感じずにはいられない。

 今回の旅では、現地人や気候に振り回され、伝統芸能家たちとの交流や映像撮影を一旦は諦めてしまっていたのだが、このセンシティヴな光景に出くわして、残り少ない滞在の中やっと何かを撮ろうという気持ちにさせられた(映像撮影メイキング編は、この後に続くジャイサルメール編の後に予定しています)。

    2007/04/24   旅:インド ラジャスタン 2007&08     16TB 0   16Com 0  ↑ 

ゲストハウスにて(クーリー)

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 ラジャスタン地方の伝統音楽芸能のひとつ、マンガニヤールの演奏をチャーター撮影する目的で、この静かな村クーリーを訪れたのだが、撮影当日は昼間から土砂降りの雨と霰(あられ)が交互に降るといった珍しい展開に。夜まで雨は収まらず、結局コンサートは中止。今回の旅では撮りたいものが悉く撮れないという残念な状況が続いた。滞在日程にも限りがあり、これから色々撮ったとしても作品にまで昇華できないだろうという諦念が湧き上がってきて、軽くため息をつく。撮影機材の入った重いバッグがとても邪魔なものに思えてきた。

 同じゲストハウスに滞在していた、イタリア人やスペイン人の若いカップルたちと夕飯を共にしてまったりと過ごす。夜も深まったころ、すぐ隣の棟からイタリア人カップルの愛の営みの声が聞こえてきた。青白い月明かりの中で愛し合うのはまた格別だろう。一人旅で人恋しくなる瞬間。

 土壁と小枝を編んだ屋根のアフリカン・スタイルのゲストハウス。肌寒いのに雨降りの影響で蚊がやたらと多く、軟膏を塗り長袖を着ていたにもかかわらず腕がボロボロになった。ハマダラカ属ではないのでマラリアは心配ないとのことだが、予定していた西アフリカへの旅には少々及び腰になってきた。

    2007/04/23   旅:インド ラジャスタン 2007&08     15TB 0   15Com 0  ↑ 

ターバン(クーリー)

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 『インドといえばターバン、でもそれはシーク教徒のもの』というステレオタイプな通説を信じていたが、ここラジャスタン地方では宗派に拘らず、ターバンは伝統的ファッションとして皆が身につけるもののようだ。
 シーク教徒が額の中央でシンメトリーに二つの山を作るのに対し、その他の宗派は蜷局(とぐろ)を作るような自然な巻き方をしていた。ヒンズー教徒は太陽の色に近い赤系の色を好み、イスラム教徒はグレイ系を好む傾向があるが、色の選択は特に決まっているわけではないそうだ。

 ターバンをすっぽり外して気持ちよさそうに頭を掻いている人に出くわすと、何かインドの深いところに触れられたようで嬉しくなる。

    2007/04/22   旅:インド ラジャスタン 2007&08     14TB 0   14Com 0  ↑ 

Life Goes On(クーリー)

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 心を軽くして歩きたいという気持ちの顕れか、いつも旅に出る前に大量に所有物を処分する。だが旅先で現地の人たちのシンプルな生活を目の当たりにして、まだまだモノに縛られている自分に不自由さを感じ、帰国後さらに所有物を減らしたくなる。旅をすると自身に何か変化が起きる。ぼくはどうやら減らした所有物の多さでそれを計るようだ。
 物質的にも精神的にも、無性に表層を削ぎ落としてしまいたくなる。たくさん削いで自身の芯が顕わになれば、また何か思うことが出てくるのかもしれない。

 取捨選択して人生は今日もゆるやかに流れていく。オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ。

    2007/04/21   旅:インド ラジャスタン 2007&08     13TB 0   13Com 0  ↑ 

チビッ子の粋(クーリー)

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 お菓子をくれと群がるチビッ子たちの耳たぶを眺め「粋」だと思った。幼少のころに穴を開け、十歳ころまでピアスを身につけるそうだ。魔物が子どもを襲いやすいという民間伝承を信じ、ピアスは魔除けの効果を持つ。十歳以降はピアスを外すが、結婚を機に再度つけ直す人も多いらしい。

    2007/04/20   旅:インド ラジャスタン 2007&08     12TB 0   12Com 0  ↑ 

子どもたち(クーリー)

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 アラブ圏を旅した時は写真や映像を嫌う人に多く出会ったが、ここインドでは皆が写真に撮られたがる。初めてアジアを歩いたぼくにはそれが新鮮だった。
 リクエストを受けた幾人かには紙焼きを郵送してあげたが、撮影直後にデジカメの小さな液晶画面でプレビューを見せるだけで納得する人も多かった。

 天真爛漫なインプロヴィゼーション。

    2007/04/19   旅:インド ラジャスタン 2007&08     11TB 0   11Com 0  ↑ 

砂漠の生活(クーリー)

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 この村では石造りの家のほかに土造りの家も多く見られた。まるでアフリカの片田舎にでも来たかのような錯覚にも陥った。
 白胡椒を粗く挽いたようなサラサラな砂地を歩いてみる。柔らかな質感が音もなく靴の表面にまとわりつく。大地を一歩踏みしめるごとに生のリアリティが顕わになる。生活音がどこからも聞こえず、静寂の粒子が耳の奥をキリキリと刺激する。自分の存在を肯定する純粋な何かが、体内から湧き上がってくるのを感じた。

 ぼくは砂漠に暮らす人々の生活に憧れているのかもしれない。厳しい環境の中、無駄を削ぎ落とし知恵を駆使する生活。自然と自分が一対一で向き合う生活。道端の石ころにさえ大きな存在を感じる。地は生きている。地と共に生まれ、やがては地と共に死ぬ。
 世界は調和していた。脳科学や認知科学が神の領域にまで接近することは果たして可能なのだろうか。この完璧な光景を目の辺りにして、神の介在を否定することは出来るのだろうか。ぼくはソクラテスのごとく、何も知らないことをまた知った。

    2007/04/18   旅:インド ラジャスタン 2007&08     10TB 0   10Com 0  ↑ 

辺境の村(クーリー)

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 インド北西部タール砂漠の辺境の村、クーリーを訪れた。
 山羊と牛の鳴き声だけが響き渡る長閑な風景。いままで滞在した街のヒステリックな喧噪が、ここでは嘘のように静まりかえっている。ゲストハウスのドアを開け放っていると、小鳥が来訪し天井で独奏を始めた。不意を突く粋な歓迎に、ぼくもつい無防備になる。
 この村は明らかに他の土地と時間の流れが異なる。インドの別の側面を垣間見たようだ。

    2007/04/17   旅:インド ラジャスタン 2007&08     9TB 0   9Com 0  ↑ 

閉ざされた扉(ジョードプル)

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すべてがただのフィクションではないのか、という問い。
心を閉ざさなければ、リアリティが見えないときもある。

    2007/04/16   旅:インド ラジャスタン 2007&08     8TB 0   8Com 0  ↑ 

結婚パレード:夜編(ジョードプル)

wedding parade - jodhpur, india


 所変わってジョードプル。結婚パレードは夜になるとさらにエキサイティングになる。眩く連なる電飾。鮮やかなサリーを纏った女たち。忘我の境地で踊り狂う男たち。着飾って妙に大人ぶった少年。生と死が凝縮されたような特別な時間。まるで映画の一コマに紛れ込んだような錯覚に陥った。

 ゲストハウスで寛いでいると、オーナーがパレードの来訪を教えてくれ、慌てて撮影機材を持って飛び出した。気がつけば室内履きスリッパのまま。どうりで足裏が痛いはずだ(今回は映像付きです)。

    2007/04/14   旅:インド ラジャスタン 2007&08     7TB 0   7Com 0  ↑ 

結婚パレード:昼編(ジャイプール)

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 賑やかな結婚パレードに何度か出くわした。マーチングバンドを先頭にし、花婿や身内がゾロゾロと町を練り歩き、花嫁の待つ自宅や寺院に向かうのだ。
 カースト的にはミラースィ(Mirasi)に属するマーチングバンド(※)の演奏はとにかくパワフルで、まさに結婚の華やかさや喜びを象徴している。小雨の中、カメラを向けると演奏者も共鳴し、管楽器のベルをこちらに向けてガンガン演奏を始める。ファットな音圧を目の辺りにして、生の喜びが体の内側から湧き上がり、ぼくもトランスに陥った。

 ヒジュラに会いたかった。ヒジュラとはウルドゥー語で「半陰陽、両性具有者」を意味し、アウトカーストの特異な存在である。主に冠婚葬祭の場に呼ばれ、歌や踊りで祝福するシャーマン的な芸能者である。
 パレードに出くわす度に、サリーを纏い髭を生やし化粧を施した彼らを探してみたのだが、残念ながら今回の旅では全く出会えなかった。

※マーチングバンドのカーストに関する内容は、現地において未確認です。【2008.4.20追記】再度調査でジョードプルを訪問した際に、関係者から確認を取りましたが、彼らはミラースィではないとのことでした。ここに訂正いたします。

    2007/04/12   旅:インド ラジャスタン 2007&08     6TB 0   6Com 0  ↑ 

日没のストリート(ジャイプール)

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 自分の足でクタクタになるまで歩かないと、
 何か大事なものを見落した気になるのです。

    2007/04/11   旅:インド ラジャスタン 2007&08     5TB 0   5Com 0  ↑ 

祈るという行為(ジャイプール)

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 グロテスクで不条理な現実になんとか折り合いをつけるため、人々はさまざまな仮想を創り上げる。それは時として現実以上に原色的なリアリティを持ち、人生を生き抜く根源の力として作用する。
 
 世界は根本的に断絶している。他人の心は絶対的に不可視である。その断絶を乗りこえて他者と行き交うために、人々は他者の心という仮想を生み出してコミュニケートする。
 人々は祈るという行為によって、自分の意識の中に生み出したこの仮想の世界で、神と、他人と、そして自分自身と対話し、閉ざされた世界の断絶を打ち破ろうとする。無心に祈ること、それは創造性に溢れた行為なのである。

 仮想が現実の世界に及ぼす作用を本気で信じるのならば、世界は美しく変貌し、救いの道が見いだされる。そこは現実の世界以上に広く深い。

 インドの人々は今日も祈っていた。

    2007/04/09   旅:インド ラジャスタン 2007&08     4TB 0   4Com 0  ↑ 

ヒンドゥー寺院にて(ジャイプール)

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 献花は艶やかだった。人々は優しかった。
 相変わらず混沌とした日常の中、世界は美しく調和していた。

    2007/04/07   旅:インド ラジャスタン 2007&08     3TB 0   3Com 0  ↑ 

サイクルリクシャーの戦い(ジャイプール)

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 サイクルリクシャーはいつも隅に追いやられる存在だ。ちょっとでも道の中央を走ろうものなら、後続車のクラクション攻撃を執拗なまでに浴びせられる。それでもリクシャーワーラーは怯まない。威嚇してくる車のドライバーに対し、時として怒鳴り返すことさえある。ストリートは彼らの戦場なのだ。

 客席に吹き付ける二月の風はまだほんのりと冷たい。赤く流れるジャイプールのレトロな街並みが、スローモーションで脳裏に焼き付く。笑いと怒りが収まらなくなった狂人のシュプレヒコールのような交通騒音の中で、リクシャーワーラーのペダルを漕ぐ鈍い音とチェーンが回転するカラカラと乾いた音だけが、やけにリアルに耳に飛び込んでくる。騒音と排ガスと砂埃が絶妙に調合されたエア・スパイスが五感を刺激する。ああ、ぼくは本当にインドに来たのだなぁ。
 そしてゆるやかな登り坂にさしかかったとき、リクシャーワーラーが耐えきれず苦しそうに唸った。ああ、彼も必死で生きているんだなぁ。

 えっ、50ルピーだって?・・・冗談じゃない、10ルピーの約束だろ!

    2007/04/05   旅:インド ラジャスタン 2007&08     2TB 0   2Com 0  ↑ 

こいで みのる

こいで みのる
67年生まれ。旅人。
民族的・音楽的に惹かれる国を訪れ、映像や写真、音楽で『世界と自分との関係』を表現している。

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