La creation absurde

2007年09月の記事一覧

Agua De Beber(おいしい水)

mineral water

 旅の楽しみの一つとして、現地のミネラルウォーターを飲むことがあります(当方、非飲酒・非喫煙・非清涼飲料水飲者です)。
 今回は、今までに旅した中で印象に残ったミネラルウォーターをいくつかご紹介します。いずれも安価なもので、個人的に好きなガス入りです(BLUE LABELを除く)。やっぱりヨーロッパ中心のセレクトになってしまいました(フランスのペリエやヴァルスも入れたかったのですが、今回はカット)。さて、これからどんな「Agua De Beber」に巡り会えることでしょうか。


Romerquelle(オーストリア)
 Ph5.7/硬度635。採水地はエーデルシュタール。ドイツ語で「ローマの泉」の意味を持つ。マルクス・アウレリウス・アントニウス帝が戦いで負った傷を治すために飲んだ水という伝承があり、3500年前から愛飲されている水なのですが、ボトリングされるようになったのは戦後からのようです。結構硬めの水にも関わらず、ナトリウム成分が少ないせいか飲みやすい。炭酸の強さは3〜4種類から選べて、たしかこのラベルはノーマルだと思います。現地ではVOSLAUERの方がシェアが多いようなのですが、ぼくはこのRomerquelleの方が好きです。ガスなしは最近日本でも手に入るようですが、ガス入りはまだ見かけませんね。
 アルプスの恩恵を受けているウィーンは、水道水もかなり美味しかったです。どうりでカフェも美味いわけですね。自販機のカフェでさえ美味かったのには感動を覚えました。

VIMEIRO(ポルトガル)
 Ph7.13。ポルトガルでは美味い水にあまり出会えなかったけど、このVIMEIROと後のPEDRASの美味さには感動を覚えました(滞在当時は風邪を引いていて、味覚が変わっていたという影響もあるかもしれません)。このVIMEIROは炭酸が割と強く、まるで清涼飲料水のような喉越し。どこの店にでも売っているほどメジャーなミネラルウォーターという訳ではなさそうで、ロシオ広場周辺で3件の店を確保して、滞在中は毎日飲んでました。

PEDRAS SALGADAS(ポルトガル)
 Ph6.2。これもポルトガルで感動したミネラルウォーター。「しょっぱい石」の意味を持つ。VIMEIROよりは炭酸が弱くクリーミーな喉越し。多少塩気が感じられるけど、それが旨みとなって良い味を出していました。値段はほんの少し高め。でも瓶入りのミネラルウォーターはハズレが少ないと思います。公式サイト

S.PELLEGRINO(イタリア)
 Ph7.8/硬度733.6。日本でもメジャーなサンペレグリノです。採水地はミラノの北東に位置するアルプスの麓ブレンバーナ。イタリアの名門サッカーチーム、ユベントスの公式飲料にも指定されています。レオナルド・ダ・ビンチも晩年を過ごしたミラノで愛飲していた歴史のあるミネラルウォーター。イタリアのレストランでも良く見かけて、濃い味の料理と相性がとても良いです。ぼくも最近10本まとめ買いしました。これを飲むと現地でよく食べていたフォンティーヌ(イタリア北部のチーズ)が無性に食べたくなります。

Jamnica(クロアチア)
 Ph6.0/硬度400.76。クロアチアはイタリアやオーストリアに負けず劣らず水が美味い国でした。ドブロヴニク滞在中は、旧市街ピレ門脇のオノフリオ大噴水で水を補給してから町歩きするのを日課としていました。生水も美味いこの国ではわざわざミネラルウォーターを購入する必要はなかったのですが、このJamnicaは美味なので特別に飲んでいました。
 採水地は青銅器時代の遺跡が発掘されるヤニノ・ヴレロ。1772年からと古い歴史を持つミネラルウォーター。炭酸入りが赤ラベル。炭酸なしが青ラベル。2003年には、毎年パリで開催される水の祭典AquaExpoでナンバー・ワンの称号とされるオースカー賞を受賞しました。最近日本でも容易に入手できるようになって嬉しい。公式サイト

Primavera(イタリア)
 Ph7.3。これは説明を要するまでもなく、イタリアでポピュラーなミネラルウォーターSan Benedettoの別銘柄。採水地はイタリア北部のスコルゼン。古代ヴェネチアの貴族も治療水として愛飲していたそうです。Primaveraは本家San Benedettoよりも若干マイルドな味わい。San Benedettoの方は日本でも安価で容易に手に入るので、ぼくも2日に1本のペースで愛飲しています。
 イタリアのカフェやパスタが美味いのは、アルプスの良質な雪解け水の恩恵であることは間違いないですね。しかし地球温暖化の影響で、アルプスの雪がどんどん溶け始めている昨今。今まで当たり前に飲んでいたヨーロッパのミネラルウォーターが手に入り難くなる時代も、そう遠くない未来にやってきそうで不安な気持ちにさせられます。

ウォルメス(モロッコ)
 Ph不明。モロッコと言えばメクネス周辺を水源とするシディ・アリとシディ・セカムがポピュラーなミネラルウォーターなのですが、ぼくはこのガス入りのウォルメスを好んで愛飲していました。炭酸の強さもほどほどでクセのない非常にまろやかな味。しかも細長いボトルの形状が、アラブ式トイレで尻を洗うときに使いやすくて重宝していました。

BLUE LABEL(インド)
 インドではオススメと言える程のものがないので特別編です。これはガスなしのミネラルウォーター。デリー近辺でよく売っています。インドでは他に「KINGFISHER」「Bisleri」「Oasis Manak」などの銘柄(いずれもジャイプール産)を飲んでみたのですが、どれもピンとこない味。このBLUE LABELがまあ一番無難な感じでした。数年前にインドのコカコーラに農薬が混じっていて大問題になったこともあり、インドのミネラルウォーターについては個人的にはまだ疑心暗鬼な面もあります。
【2008.4.10追記】二度目のインド ラジャスタンの旅で、ビールの銘柄でお馴染みのKINGFISHERからガス入りミネラルウォーターが発売されているのを見つけました。味に関しては特筆するほどでもないのですが、インドでもガス入りが飲めることに驚きました。

    2007/09/30   雑記     57TB 0   57Com 2  ↑ 

私説ロマ:ヒジュラとロマ【連載最終回】

Roma_Hijras

(画像:「ヒジュラ - インド第三の性/石川 武志(青弓社)」。インパクトのある表紙はもとより、本文中の写真にも衝撃を受けた。中には全裸のものも見受けられたが、卑猥さやグロテスクというよりもより完全なものに近づいている存在といった印象を受け、ヒジュラが聖俗の狭間を生きている特別な存在なのだと感じさせられた。それはまるで去勢により大地母神と崇められたギリシャ神話のアッティスのごとく、生命の根源的な象徴であるかのようにも思えてしまうのだ)



 ヒジュラ Hijras は半陰陽者であり、男児の誕生や婚礼の祝いの場において歌や踊りで祝福するシャーマン的な芸能者である。ヒジュラとして生きていくということは、出身カーストや家族を捨て、独自のコミュニティの中でカースト外の存在として生きていくことである。このコミュニティは日本のヤクザのような師弟関係(師匠はグル、弟子はチューラと呼ばれる)や縄張り意識を持ち、祝儀や売春で稼いだ売り上げはグルが管理するといった小社会を形成している。社会的に蔑視の対象と見なされているため、コミュニティを飛び出して一匹狼で生きていくことはとても困難なこととなる。
 ヒジュラにロマとの関連性を見出すのは少々強引かもしれないが、独自のコミュニティの中で生活していること、「穢れ」の対象として社会蔑視されているが、一転して祝いの席ではその「穢れ」によって悪いカルマを受け継いでくれることから必要とされていることなど、ロマの社会的立場にオーバーラップする点も見受けられる。

 そもそも現在のラジャスタン地方にヒジュラはいるのだろうか。資料によれば昔は多くいたそうだが、現在はアジメールにコミュニティを確認できる程度で、その数は少なくなっているようである。売春を大きな生活基盤とするデリーやカルカッタなどの都市部のヒジュラとは違い、ラジャスタン地方での彼(女)らは聖なる存在として人々から崇められている。ヒジュラの大半は青年期に去勢した後天的な存在なのだが、このラジャスタン地方では先天的な両性具有者であると未だに信じている人も多いと聞く(「ヒジュラ 男でも女でもなく/セレナ・ナンダ(青土社)」の第八章では、先天性の半陰陽として生まれた本物のヒジュラ、サリマについての記述があり興味深い内容だった)。

 前回のラジャスタン地方の旅では、残念ながらヒジュラに出会えなかった。インドでの結婚シーズンは十〜十一月であり、ぼくの滞在した二月〜三月は目立ったセレモニーやフェスティバルがなかったのがその理由の一つなのだが、全く存在しないという感じではなさそうだった。ジャイサルメールのカラカール・コロニーにそびえ立つホテル・アーティストのスタッフに、撮影コーディネートの依頼をした際にヒジュラの話を打診してみた。この時は法外と思えるギャランティを提示してきたので結局は断らざるを得なかったが、時期が良ければ結婚シーズンやプジャ(祭り)でヒジュラに会うのは割と容易なのかもしれない。次回は是非とも会って交流してみたいものである。

 ラジャスタン地方ではヒジュラは聖なる存在とされていると前述したが、ぼくが現地でそれとなくヒジュラの話を切り出すと、少し困ったような顔をされたり、「おまえはゲイか」などと嘲笑されることもあった。出来れば関わりたくない厄介な存在というのが、本音の部分で見え隠れしていた。
 ヒジュラは男児が生まれると生後二週間後にその家に押しかけて、その男児の悪いカルマを引き受ける儀式を行う。第三者から見たヒジュラの「穢れ」の度合いが大きければ大きいほど、その悪いカルマはより多く引き受けられ、男児の健康と長寿が約束されると考えられている。その儀式の返礼としての報酬を受け取るときには強気の姿勢で、相手の財政状況などお構いなしに提示額よりさらに高額の報酬を要求することもある(※1)。家人が支払いを拒むと、ヒジュラはサリーをたくし上げ、去勢した下半身を露出し、相手を侮辱したような卑猥な言葉を投げつける。時にはそれが呪いとなり本当に男児を死に至らしめることもあると聞く。ヒジュラは性器を除去することにより、自分に特別な力が備わったと信じているのだ。

 ロマ社会においても「穢れ」の観念を持つ。それはロマ関連の書籍(イザベル・フォンセーカ、イアン・ハンコック、ジュディス・オークリー、関口義人など)でも詳しく言及されているので、ここでは簡単に述べるに留めるが、その概念は身体、死、女性、飲食、衣類、そして人の行為などの面に適用される点からインドのカースト制度(※2)との類似点が見られ、インドがロマの源流であるということを感じさせるものでもある。
 ヒンドゥー信仰の下では、現在のカーストは前世の行いによって決まるとされ、良かれ悪しかれ今の身分を受け入れて生きていくしか道はない。現世を全うして「解脱」することにより、来世はより良いカーストに生まれかわるという輪廻思想を信じ、ほのかな期待を感じながらこの不条理の世界を生き抜く。だがロマにはこの輪廻思想を持ち合わせていないように思える。「今」が全てと考えるロマの思想は、インドからの長い漂泊生活の途中に出くわしたイスラム教やキリスト教の死生観を、方便とは思いつつも無意識のうちに受け入れてしまった結果なのかもしれない。

 スタヴローギン「きみはあの世の永生を信じているのですか?」
 キリーロフ「いや信じません。この世の永生を信じているんです」
(ドストエフスキー『悪霊』)


 男でも女でもない第三のジェンダーを持ち、シャーマニズムと穢れを背負い、この世をあの世を行き来できる特異な存在ヒジュラ。ロマが漂泊を止め定住化していくように、ヒジュラも変容するインド社会の中で消滅の道を辿っている(※3)。
 島国で単一人種、単一国籍、異性愛の家族単位である日本に暮らす我々は、異質なものとの共存に慣れていない。対外的な関係を理想論では語れるものの、守られた世界の中で多様な価値観、多様な個性を声高に叫んでいるに過ぎない。インドは漂泊者もヒジュラも受け入れ、今日まで生き永らえてきた。またひとつインドの奥深さを知ったのである。


grayline


※1. これは都市部での話で、ラジャスタン地方ではさほどシビアではないようだ。

※2. インドの中世社会、特に八〜十世紀における社会基盤となったカースト制度の基本となるのが、「罪」と「穢れ」の概念であった。一九五〇年のインド共和国成立によってカーストは法的には全廃されたものの、現在に至るまで依然として強く生き残っており、カーストがインドの発展の妨げになっている原因の一つとしてあげられる。
 階層を超えた人との接触は「穢れ」の原因となる。ことに最下層であるシュードラおよび女性との接触は人を汚すと考えられた。また大きな罪を犯したり、先祖の罪の故に不可触民とされた係累の者との関わりも「穢れ」の理由となった。また異教徒との接触によっても人は「穢れ」を持つとされた。

※3. 多様性を持つインドでは近年、清潔で洗練された欧米思想がデリーなどの都市部の中間層に広まってきている。都市化による人間関係の希薄化、ストレス社会による自殺の増加、貧困層とのさらなる二極分化など、現在日本が抱えている問題が、このインドでも深刻になってきている。物質的に満たされた社会では「真の豊かさは何なのか」という問いが湧き上がる。そして宗教と生活が密接に繋がっているこのインドでは、宗教的価値の復興を説く「ヒンドゥー・ナショナリズム」が保守的な中高年の裕福層を中心に広まりつつある。ヒンドゥトゥワ(ヒンドゥーの本質・原理)は主張する人によってそのディティールが異なるが、根底には西洋社会やムスリム、マルクス主義者たちを敵視し、被害者意識を持っている。
 もしこのヒンドゥー・ナショナリズムが都市部だけでなく、ラジャスタン地方などハイブリッドな文化的特色が深い土地にまで影響を及ぼすと、土地に根付いている民族芸能にも影響を及ぼすことだろう。欧米思想が広まるにしろ、ヒンドゥー・ナショナリズムがそれを抑制するにしろ、インドにおける文化的な側面もこれから大きな変容の道を辿ることは免れないのかもしれない。この変容の道の中で漂泊民族やヒジュラたちは、はたしてどのように生き長らえていくのだろうか。

    2007/09/06   私説ロマ【インド編】     52TB 1   52Com 2  ↑ 

こいで みのる

こいで みのる
67年生まれ。旅人。
民族的・音楽的に惹かれる国を訪れ、映像や写真、音楽で『世界と自分との関係』を表現している。

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