
たまには趣味の話でも。
ギターが好きで12歳の頃から弾いているのですが(さほど巧くはないけどね)、仕事で独立した頃からさらに多忙な生活に追われ、演奏や作曲活動からだんだんと疎遠になってしまいました。デザイン業務を休業して映像作品のために音作りを始めた頃から、また音楽に対する情熱が蘇ってきて、今年の夏からはフラメンコ・ギターを始めました。
フラメンコ・ギターはクラシック・ギターから転向する人が多いようですが、ラスゲアードやゴルペ、ピカード、アルサプーアなど、他のギターにないアグレッシヴな奏法が魅力で、ぼくにとってはロック・ギターの延長線上とも捉えられます。独学で覚えるには難しいジャンルなのですが、教則DVDやインターネットを利用すればなんとかモノになる気もしたので、まずは独学でチャレンジしています。
CD付き教則本や
オスカル・エレーロのDVDで基礎中の基礎から始めてみたものの、単調な反復練習のため一時は挫折しそうになりました。なんとか数ヶ月間我慢して基礎練習をとことん繰り返し、リズム感覚を体に染みこませて、一気に中級・上級向けのトマティートのファルセータを弾き始めた最近になってだんだんと楽しくなってきました。難易度はかなり高いですが、彼のファルセータはエモーショナルでロック的なアプローチも感じられ、弾きこなせると気持ちが良いです。まぁ所詮は趣味なので下手でも自分が楽しければそれでいいんですよ。これからずっと続けられそうな手応えも感じています。
フラメンコ・ギタリストはそんなに多くを聴いてきたわけではないけど、サビーカスやカルロス・モントーヤ、マノーロ・サンルーカルのような正統派の技巧組よりも、初期のトマティートやビセンテ・アミーゴのようなモダンでどことなくロック・フィーリングが感じられるプレイヤーがぼくの好みのようです(でも彼らのフュージョン的要素はあまり好みではないかも)。パコ・デ・ルシアはどちらにも当てはまって凄いと思いますが、凄すぎて逆にのめり込めない感じかも。
クラシック・ギター寄りのプレイヤーは、フレーズやリズムも正確で確かに技術は素晴らしく、独特の様式美を感じさせられるものの、非の打ち所のない完璧さが人間味に欠けてなんだか面白くない(クラシック界には山下和仁のような凄いプレイヤーもいるけど)。エモーショナル溢れるロックが好きだった自分(もはや過去形ですね)にとっては、様式美そのものにどうにも抵抗を感じるようです。巧すぎる演奏が自分の心に響いてこないのは、自分が不完全な人間だからかもしれないけど。
実はまだフラメンコ・ギターは所有していなくて、家にあったエレクトリック・ガットギターにゴルペ板を貼って練習しています。ボディがソリッドでレスポール並の重さであること(当然生音は鳴らない)、ネックの肉厚がエレキ風でグリップ感に変なクセがついてしまいそうなことから、早くフラメンコ・ギターを買いたくて探しているのですが、自分の技術や表現力が上達するにつれて、ギター選びの妥協点の水準がどんどん上がってしまい、なかなか買い時が難しい現状です。エレキ・ギターとは違い、フラメンコ・ギターはそう何本も買えるほど手軽な楽器でないため、より慎重になって購入を検討しています。まあ来年辺りにそろそろ決めたいとは思っていますが、はたしてどうなるかな。
現在候補に挙がっているのは以下のギターたち。実際に弾いたり、音を聴いたりして印象に残ったものです(グレードが高い順に表記)。
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Domingo Esteso:気に入った音が見つからない中、コンデの前身ドミンゴ・エステソの30年代オールドを弾いたときに、初めて「これだ!」という電撃が走った。高価過ぎて買えないだろうけど、こんなギターを弾いて毎日過ごせたら人生も楽しいだろうなぁ・・・。
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Conde Hermanos:王道ですね。廉価なEF4やEF5には食指が動かないけど(他社のOEMという噂有り)、このクラスの音でも自分的には納得。フェリーぺ工房のAF25が好みだけど、この5年で2,000ユーロ近くも値上がりして凄いインフレ率。コンデはちょっと前にeBayで偽物が出回っていて一時期問題になりましたね。
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Lester DeVoe:サビーカスやパコ・デ・ルシア、ビセンテ・アミーゴで有名な米国のレスター・デヴォー。キレのよいラスゲアードの音や、弾むような単音の音はかなりぼくのストライクゾーン。サントス・エルナンデスをモダンに解釈したソロ向けギター。オーダーは3年待ち。トレースした左手を元にして制作するといったプレイヤーに対する配慮も嬉しい。
【12/29追記】ホームページから問い合わせをしたところ、現在も2年半〜3年のオーダー待ち、価格は2007から08年で3%の値上げ、今オーダーしたものについては10〜15%の値上げを見込んでいるとのことでした。メールも綺麗な英文で印象はすこぶる良い感じでした。●
Ricardo Sanchis Lopez:バレンシアの職人リカルド・サンチス(Carpio)の息子兄弟のメーカー。「Hermanos Sanchis Lopez」とも表記される。ロゼッタのデザインがお洒落だし、ボディカラーも3種から選べてオーダー向きのギター。またセビージャの楽器店
Jose luis Postigo がOEMで彼らのギターを自ブランドとして販売している。
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Amalio Burguet:同じくバレンシアのギター・メーカーであるアマリオ・ブルゲはクラシック・ギターの方が有名かもしれない。可もなく不可もなく正統派という感じがする。オランダの代理店
Casa Benelly で通販可能。米国の
olddavy.com では良心的な値段(海外発送は要確認)。
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Miguel Santos:上記のアマリオ・ブルゲの日本向け仕様のギター。ブルゲがセラック塗装なのに対し、サントスはウレタン塗装。廉価なモデルの中では評判の良いギター。このギターのためにブルゲは日本に輸入させてもらえないとの専門店情報もあり。
部屋で弾いて楽しむのがとりあえずの用途なので、音量よりも立ち上がりのキレの良さと、ラスゲアードのシャープ感、音色、弾きやすさ、デザインがトータルにバランス良く調和しているものが希望なのですが、いざ楽器屋で同時にたくさんのギターを弾き比べてみると、一長一短で自分が何を求めているのか分からなくなってしまうのが正直なところ。しかもエレキギターに慣れた身には、軽量な木工品のギターと高額な値段とがどうしても結びつかないのも、購入に踏み切れない理由の一つです。
ちょっと前までは Hermanos Sanchis Lopez の最上級モデル「F.Extra Palosanto」が欲しくて、アメリカの
La Falseta で購入すべく、メールで何度かやりとりしていたのですが、とにかくメールの返事が遅いので不安になったことと、バレンシアからの直送の費用がDHLで7万円弱(おそらく総額で8万)かかることから、スペインで直接買って機内持ち込みで自力運搬しない限りは、このクラスのギターをわざわざ海外通販で買うメリットもないだろうと思いました。日本であまり流通していないマニアックな価値はあるかもしれませんが、想像だけで音を確信できない高額なギターを買うのは大きなギャンブルでもあるし(このメーカーのでは下位モデルの音を知っているのみ)。
で、今はレスター・デヴォーに気持ちが傾むきつつありますが、年間12本の生産キャパシティのためオーダーは現在3年待ち。日本でべらぼうに高い中古を買うか、アメリカで安い中古を探すことも視野に入れているけど、じっくり3年待つ価値があるギターだけに悩むところ(このギターなら待ってもいいかな・・・)。
悲しいことに、最近のスペインでも多くのメーカーが中国製造ギターを安値で仕入れ、それにラベルを貼って自社製品として販売しているようです(廉価モデルだけだと思う)。メーカーは特定出来ないのですが、日本にも入って来ているのかもしれません。スペインもだんだんと拝金主義に変わりつつあるので、高い金を出さないと良い工芸品が買えない時代になってきました。スペイン製ギターでさえも購入はある意味ギャンブルとなってきました。韓国産エレキギターと同じ道を彼らも歩んでしまうのだろうか。ギター職人のプライドよ何処へ行く・・・。
地方の楽器屋巡りだけでは限界があるし、国内の職人のギターにも興味があるので、いつかふらりと東京に出向いて専門店を数軒ハシゴしてみようかなとも思っています。今よりもっと上達して自信がついたら、さらにワンランク上のギターを買うことにも躊躇することはなくなるだろうし。それまではひたすら練習あるのみ。
ハカランダ(ブラジリアン・ローズウッド)はワシントン条約で伐採や取引きが禁止となっていて、ハカランダ素材のギターはこれからはさらに値が上がるだろうし、最近一部のフラメンコ・ギターでも使われ始めているパーフェロー(ボリビアン・ローズウッド。厳密に言えばローズウッドではない)も、昨今の異常気象による南米の干ばつでこれから供給が難しくなってくることも予想され、環境破壊とギターの品質も無関係とは言えない面もあります。定番のドイツ松やインディアン・ローズウッドなど、他の木材の調達も必ずしも先行き明るいものとは言い切れず、これからよいギターに巡り会う機会もどんどん減ってくるのではという危惧もあります。
(画像:ロゼッタの寄せ木作りのデザインもギター選びには重要なポイントです。個人的に気になるロゼッタデザインをいくつか紹介。手の込んだロゼッタは比例して値段も高いのはいた仕方ないですねぇ。ボディ色についてはナチュラルやオレンジよりもレッドが好みなのだけど、日本ではあまり見かけない気もするので妥協出来ないならオーダーするしかないのかも・・・)
2007/12/20
フラメンコ
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(画像:ナス・エル・ギワンの1999年のアルバム『Nass El Ghiwane』。ラルビ・バトマが在籍した最後のアルバムであり、ゴールドディスクを獲得)
北アフリカのマグレブ諸国の一国であるモロッコも魅惑的な民族音楽の宝庫です。アルジェリア起源のライ、同じくアルジェリアのシャアビに相当する吟遊詩マルフーン、ベルベル系宗教音楽のエサワやラーバット、ベルベル人のモダンなダンス音楽であるレッガーダ、ブライアン・ジョーンズのアルバムで有名になった北部リフ山脈のジャジューカなど、この国には多様な音楽が溢れていますが、より広く知られているのは、レッド・ツェッペリンやジミ・ヘンドリックスも傾倒したと言われるグナワ Gnawa ではないでしょうか。
グナワは、スーフィズム(イスラム神秘主義)とイスラム教以前の土着的な原始宗教が融合し、悪霊に取り憑かれた人の精神治療や、神とのコミュニケーションの手段として、演奏や踊りで表現する儀式的性質を持つ音楽です。16世紀末にサハラ以南、特にソンガイ帝国(ニジェール川湾曲部を中心に西スーダンのほぼ全域を事実上支配した黒人王国。ガオ帝国とも呼ばれる)が崩壊した頃から北上してきた奴隷や金貿易によってモロッコに根付いたと言われ、その語源は諸説ありますが、サハラ周辺のベルベル人の方言で「黒い男」を意味するアグナウ aguinaw を由来とするという説もあります。
グナワではチビラ Tbila という打楽器、ゲンブリ Guembri という三弦ベース(昔は二弦)、カルカバ Qarqaba という鉄製のカスタネットが演奏に使用されますが、表現様式は特に定まっておらず、地域ごとにそのアプローチは異なり、口頭伝承によって次世代に引き継がれています。
グナワはモロッコ全土に拡がっていますが、その中心地はカサブランカやエッサウィラ(マルサウィーと呼ばれるグナワ)、マラケシュ(ガルバウィーと呼ばれるグナワ)であり、また北部のタンジェやメクネスでも見られます。マラケシュの世界遺産ジャマ・エル・フナ広場では、夜毎に大勢の若者たちが輪になってグナワの楽曲を皆で大合唱するという光景にぼくも出くわし、この音楽の持つ並々ならぬパワーを強烈に感じさせられました。毎年5月にはカスバ街道沿いの村、ケラア・デ・ムグーナで「バラ祭り」が開催され、グルーブ感のあるアーティストが大勢集まるようなので、またモロッコに行く機会があれば是非とも見てみたいです。
エッサウィラは特にグナワ人口が高く、毎年6月に現地で開催されるグナワ・フェスティバルは一見の価値があります。このフェスティバルの2004年のコンピレーション盤を現地で購入しましたが、演奏の質も高く、グナワの現在を知るには最良の音源ではないかと思いました。エッサウィラを訪問した時に、このグナワ・フェスティバルの常連でもあるゲンブリ奏者のマフムッド・ガニア Mahmoud Gania に直接会ったことがあるのですが、ハシシでベロベロに酔っぱらった彼とマトモにコミュニケーションをすることが出来ず、挙げ句の果てには彼を怒らせてしまうという残念な出来事もありました(この時の様子は旧ブログ
「今日のコイデ:#041.グナワ奏者との出会い」にて公開しています)。
さて前置きが長くなりましたが、本題に入ります。
このグナワを商業的に大々的に拡げた重要なアーティストとして、ナス・エル・ギワンとジル・ジラーラが思い浮かぶのですが、今回はナス・エル・ギワンについて詳しく触れたいと思います。
ナス・エル・ギワン Nass El Ghiwane は、カサブランカの Hay el Mohammadi の貧しい地区の4人の若者、ラルビ・バトマ Laarbi Batma、オマー・エッサイ Omar Essayed、ボジェマ・ハゴール Boujemaa Hagour、アラール・ヤーラ Allal Yaala によって60年代後半に結成されました。当初は劇団の演奏家として活動していましたが、その後ボジェマの友人であるモーレイ・アブデラジィズ・タヒーリ Moulay Abdelaziz Tahiri を迎え、ラジオやテレビなどのメディア出演によってだんだんと知名度を上げていきます。
ナス・エル・ギワンのサウンドはグナワ、エサワなどの民族音楽がミックスされたもので、ゲンブリと歌を担うアブデラジィズの加入により、メロディ面においてはモロッコ伝統音楽のマルフーンの影響がさらに濃くなりました。1974年にデビュー曲「Essiniya」がリリースされるや否や、言論の自由のなかった当時の独裁的なモロッコにおいて、社会問題や政治的なメッセージを伝統的な音楽に乗せて Darija と呼ばれるモロッコのアラブ語で暗喩的に歌うナス・エル・ギワンの音楽スタイルが、フランスから独立後の混乱した時代の若者層に受け入れられ、彼らは若者の代弁者としてモロッコの音楽シーンに多大な影響を及ぼすこととなったのです。彼らの精神はブルースやパンクミュージックのそれに通じるものがあるように思います。
時としてレコードの発売禁止やライブの中止という抑圧もあったようですが、音楽的な影響力の大きさからしばしば「アフリカのビートルズ」とも揶揄されることもあり、また映画監督のマーティン・スコセッシは、反骨精神を持つ彼らを「アフリカのローリング・ストーンズ」とさえ形容しました。

デビュー曲 Essiniya のリリースの後、アブデラジィズは音楽の方向性の違いからバンドを去ることとなり、エッサウィラで大工をしていたアブデラマネ・パコ Abderrahmane Paco を迎えたことにより、バンドはマルフーン色からよりグナワ色の強いサウンドに変化していきます。アラビック・リュートを弾いていたアラールは、金属製でより正確なチューニングが出来る西洋楽器のバンジョーを、アラブのマカームで使用できるようにクオーター音(1/4音)まで出るように改造して使い始めました。彼がバンジョーを使い出したのはチューニングの問題だけでなく、ステージ上でストラップをつけて演奏するのに適しているという理由もあったようです。
1974年10月24日に、魅惑的なアルトボイスを持つグループの中心的存在であったボジェマが死去しました。政府に暗殺されたとか薬物中毒だったなどと噂されたましたが、真相は胃潰瘍による病死であるとメンバーのオマーが後に語っています。ボジェマの死後20年間はラルビ、オマー、アラール、アブデラマネの4名で安定した活動を続けて、1981年にはモロッコの映画監督のアフメド・エル・マノーニ Ahmed el Maanouni により、彼らの音楽ドキュメンタリー映画「Al Hal(英語表記では"Trances")」が世界中で公開され、その後もずっとシンプルな音楽スタイルを変えることなくアルバムリリースやライブ活動を精力的に行い、80年代の終わりまでにはもはや伝説の存在にまでなっていました。
映画「Al Hal(Trances)」は今年2007年においては、5月のカンヌ映画祭の
カンヌ・クラシックや、同年10月にイタリアで開催された
ロマ・フィルム・フェスティバルでリバイバル上映され、彼らの存在が見直されつつあります。DVD発売化も大いに期待したいところですね。
ゲンブリ奏者のアブデラマネはより伝統的なグナワ音楽に傾倒していったため、ついに1993年にバンドを去り、代わりにラルビの実弟のハミッド・バトマ Hamid Batmaが加入しました。一方アブデラマネはエッサウィラで二人の息子たちと共に活動を始め、グナワの伝統的な賛美歌やオリジナル曲はもとより、ナス・エル・ギワンのカバー曲やボジェマやラルビに捧げる「Kounna Khemsa」という曲を録音したり、エッサウィラで開催されるグナワ・フェスティバルにも参加しました。
1998年にはグループの中心人物であったラルビが肺ガンで死去し、創設メンバーはオマーとアラールのみとなり存続の危機を迎えますが、前年97年にラルビのもう一人の実弟であるラチード・バトマ Rachid Batma が加入してバンドはさらに前進します。ラルビに捧げる曲「May Doum Hal」を録音し、カナダ、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー、チュニジアなどでツアーを再開し、2002年にはアルバム『Haoud Enna'naa』を発表、2005年には ゴールデン・ラバーブ賞 Golden Rebab prize を受賞。そして2006年にはラルビ死後の新生ナス・エル・ギワンの3rdアルバムとして『Ennehla Shama』も発表して現在に至っています。残念なことにアブデラマネは、現在パーキンソン病のために療養中です。
ナス・エル・ギワンはメンバーの交代はあったものの、結成後35年以上に渡ってファンや自分たちに忠実な活動を続けてきました。彼らは現代のメインストリームの音楽を横目で眺め、昔と変わらぬ伝統的な楽器で同じ演奏を繰り返しています。ライの帝王と呼ばれるハレド Khaled のような大歌手が彼らの楽曲をライブで取り上げたり、若い女性シンガーソングライターのナビラ・マーン Nabyla Maan がカバー曲を発売したりと、昨今さらに再評価されている兆しがあります。
ナス・エル・ギワンに続き、スーフィズムのジラーラ教団から名前を取った
ジル・ジラーラ Jil Jilala を筆頭に、
レムシャーヘヴ Lemchaheb、
エッシハム Essiham、
イゼンザーレン Izenzaren、
アフラック Aflak、「ライの騎士」と言われたブシュナーク兄弟 Les Freres Bouchnak の中心人物であり、ウジタ出身で現在はフランスで活動している
ハミッド・ブシュナーク Hamid Bouchnak(父親はアラボ=アンダルース音楽界で有名なベン・ヨーナス・アファンディ Ben Younas Afandi )、そして残念ながら今2007年に解散を発表した、アルジェリア出身でフランスで活動している
グナワ・ディフュージョン Gnawa Diffusion などのバンドも、伝統音楽にアルジェリアのライや西洋音楽の要素をミックスしてモロッコの音楽シーンを賑わせています(各アーティストのリンク先はYouTubeです)。
【アルバム・ディスコグラフィ】リンク先はamazon.fr
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Ennehla Shama(2006, Emi Arabia)
・Haoud Enna'naa(2001, Atlasound)
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Senia(2001, Fassiphone)
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Youm Melkak(2001, Fassiphone)
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Nass El Ghiwane(1999, Melodie)※ゴールドディスク獲得
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Best of Nass el Ghiwane(1998, Blue Silver)
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Salama(1997, Blue Silver)
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Hommage a Boudjemma(1997, Blue Silver)
【メンバーおよび担当楽器】括弧内は加入期間
・Omar Essayed (1969 - ):Bendir/Daadouh
・Laarbi Batma (1969 - 1997):Tbila
・Boujemaa Hagour (1969 - 1974):Bendir/Daadouh
・Allal Yaala (1971 - ):Fretless Banjo
・Moulay Abdelaziz (1971 - 1974):Guembri (Sentir)
・Mahmoud Essaadi (1971 - 1971) (※):Arabic Lute
・Abderrahmane Paco (1974 - 1993):Guembri (Sentir)
・Hamid Batma (1993 - 1997):Tbila
・Rachid Batma (1997 - ):Tbila
※デビュー前に一時脱退したAllalの代わりに参加。後にJil Jilalaに加入。
【ナス・エル・ギワンの映像】リンク先はYouTube
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Film Transes:1981年の映画「Al Hal(Trances)」の熱気溢れるライブ映像
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Essiniya:デビュー曲のライブ映像。わりと最近の映像の様子
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Ach Jra Lik:心地よいトランス感の楽曲
2007/12/07
世界の路傍音楽
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