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 定住ジョーギーの集落を出てからさらに走り、ビール族 Bhil の集落に立ち寄った。ここでは定住ジョーギーの集落よりもさらに大勢の子どもたちが興奮してしまい、なお一層の恐怖を感じた。

 リクシャーを降りるや否や、大勢の子どもたちから体を引っ張られ、ポケットにも手を入れられ、危うく財布を盗まれそうになった。幸いながら財布はチェーンでベルトと繋いでいたので何事もなかったのだが、キャンディー類は見事に盗られてしまった。ビデオカメラを構えても目の前三十センチくらいのところに皆がすぐに群がるので、ほとんど映像は撮れず仕舞い。リクシャードライバーのガネーシュが何度も子どもたちに怒鳴って注意をしてくれるものの、興奮している彼らには全く効果がない。
 住宅の雰囲気には興味があったので、バタバタしながらもなんとかデジカメで数枚撮影をしたのだが、焦っていたせいかEV値がかなりマイナス側に傾いてしまっていて、後でチェックしてみたらほとんどがアンダーで使い物にならない写真だった。


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 定住ジョーギーの集落以上にゆっくりと撮影できない状況だったので、ほんの数分で早々に立ち去ることにした。その場でチップを支払おうとしたら、ガネーシュが「支払いはリクシャーの中で!」と叫ぶ。その通りにして車内から支払おうとしたら、子どもたちが四方八方から車の中に手を伸ばしてきてさらに恐怖を感じた。ある意味ではホラー映画のワンシーンだ。蠢いている何本もの手の中で、大人の手を見つけチップを摘ませると、やはりひったくるようにして私からルピー札を奪い取る。やっとこの地獄絵図から逃れることが出来た。早朝ならば、こんな村外れの集落でもある程度はゆっくりと撮影できるのではないかと思っていたが、全く読みが外れてしまったようだ。少し怖かったがよい経験だった。


(写真上/下:ビール族の集落にて。子どもですら集団になると暴徒と化して恐怖を感じた)
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 前回、話が大幅に反れてしまったが、元に戻そう。ジャイサルメールを去る直前に、ムールサガル村周辺に定住しているジョーギーの集落を風景撮影のために訪問したのである。

 数日前のカノイ村の撮影に行く途中に、ジープドライバーのアユーブが車の足元用のゴム製のマットレスを購入したジョーギーの家を探してみたのだが、簡単な一本道の途中にあるはずなのになぜか見つからない。諦めてしばらく走っていると別の定住ジョーギーの集落を見つけたので、取りあえず立ち寄ってみることにした。

 リクシャーを集落の広場に停めるや否や、子どもたちが大勢集まってくる。派手な民族衣装やアクセサリーで着飾った女性たちも出てきた。写真撮影をさせてもらった後、家の中を少し見学させてもらうこととなった。ブッシュで作った家もあるが、石造りの家もある。放浪ジョーギーの住居よりも広々としたしっかりとした造りだ。推測になるが、おそらく放浪ジョーギーでは、こんなにメインストリートに近い道沿いには集落を構えないのではないだだろうか。数日前の訪問でも彼らはもっと砂漠の奥地に集落を作っていた。移動にも都合が良いので、定住ジョーギーにとってはメインストリート沿いに集落を構えるメリットはあるのだろう。



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 ジョーギーは涼しい早朝にバスに乗ってジャイサルメール街中にも物乞いにやって来る。滞在中に彼女たちを何度も見かけたし、サドゥの物乞いにも遭遇した。バクシーシは特に決まりがあるわけでもなく、その家の経済状況その他の状況によって、施しの内容はまちまちである。例えばコーディネーターのカマルの家では、ジョーギーに対してチャパティや古い衣類や靴を施しているそうだ。大人一人につきチャパティ三枚。それに加え子ども一人や動物一匹につきチャパティを一枚づつ追加するのを目安としているとのこと。物乞いはジョーギーにとって立派な仕事である。モノを貰うことに引け目を感じず、むしろ堂々受け取っている。自分にこれくらい開き直れるタフな精神があるのなら、世界中どこでだって生きていけることだろう。

 ビデオカメラを構えると、子どもがワイワイと押しかけて落ちついて撮影できない。リクシャードライバーのガネーシュが彼らに怒鳴ると一旦は収まるが、またすぐに集まってきてしまう。やがて犬がワンワンと激しく吠え出した。チップをよこせと彼らが犬を使って催促しているのだ。どうにも集中力に欠けてしまい、家を訪問させてもらったり楽器を見せてもらいたいという思いが薄れてきてしまい、さらに彼らと交流したいという気持ちが萎えてしまった。近くにいた女性にチップを渡そうとするや否や、彼女はそれをひったくるようにして奪い、くるりと背を向けてそそくさと家の中に戻っていった。

 自分が撮りたいものとはイメージが違っていたこともあり、わずか十数分の滞在でこの定住ジョーギーの集落を出ることにした。


(写真上/下:ムールサガル村周辺の定住ジョーギーの集落にて。積み重ねた石で囲んだ住居は、放浪ジョーギーの住居に比べ堅牢な印象を受けた)

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 ジャイサルメールを去る直前に、ムールサガル村周辺に定住しているジョーギーの集落を風景撮影のために訪問した。

 午前八時、滞在ゲストハウスの隣に暮らすガネーシュのリクシャーをチャーターしてムールサガル方面に向かう。三月中下旬とはいえ昼間には四十度を越えるこの灼熱の砂漠地帯も、早朝は冴え返り半袖一枚では薄ら寒いほどでもある。リクシャーの車内に流れ込んでくる冷たい風が、寝ぼけた頭には冷水シャワーのような刺激となって快い。
 リクシャーのフロントカウルのミラーに繋げられたポンポン状の毛糸のアクセサリーが風にたなびく。同じようなアクセサリーを自らの楽器ラーヴァンハッターにつけていたジャグディッシュを思い出す。ジャイサルメールで出会った楽士たちが、もうすでに夢のような甘く切ない想い出として、私の心の柔らかな部分を刺激している。

 柔らかな朝日に包まれて、汲みたての水が入った壺を器用に頭に載せて歩く女性たちとすれ違う。そんなリベラルな光景の中、ふとマシューズ・サザン・コンフォートの「ウッドストック」の優しい旋律が頭の中をグルグルと廻り始めた。オリジナルのジョニ・ミッチェルの澄み切った歌声でも、有名なクロスビー、スティルス、ナッシュ & ヤングのタイトで分厚いコーラスワークでもなく、元フェアポート・コンヴェンションの元メンバーでもあったイアン・マシューズが歌う、爽やかだがどこか妙に切ない哀愁が漂っているブリティッシュ・カントリーフォーク調の名アレンジの一曲だ。天文学者のカール・セーガンを彷彿とさせるメッセージを含む、人生を肯定する謳歌のサビがエンドレスで頭の中を駆け巡る。


 We are stardust, we are golden, (ぼくたちは星くず、ぼくたちは黄金)
  We are billion year old carbon, (ぼくたちは十億年を経た炭素)
   And we got to get ourselves back to the garden.(そしてぼくたちは楽園に戻ってくる時がきた)



 一九六九年に米国アルスター郡ウッドストック(実際の会場はサリバン郡べセルの個人農場)で開催された歴史的な音楽フェスティバル「ウッドストック」は、今となってもそのラブ&ピースな輝きは全く色褪せていない。実際の現場では、犯罪やドラッグが横行する退廃的なカオス的状況でもあったようだが、ひとつのロマンチックな映像に仕上げたマイケル・ウォドレー監督と当時編集を担当したマーティン・スコセッシの影響力は大きい。
 映像は現実やカオスそのものを映し出すと同時に、時にはロマンすら映し出す力を持つ。インドも相変わらずカオスに満ちあふれているが、その中でひっそりと佇むロマンを繋ぎ合わせれば、美しい映像作品が作れるはずだ。失意で過ごした前回のラジャスタン滞在とは違い、今回の自分にはインドのロマンを映像化したいという仄かな期待を持って、撮影に挑むのだという意志が備わっていた。

 ある者はラヴ・アンド・ピースを、またある者は人生の意味を求め、楽園ウッドストックに集まってきた。そして私の楽園はラジャスタンの砂漠だ。田園で魂を開放し、戦闘機を蝶々に変えるほどの愛のパワーに溢れたこのウッドストックという楽曲が、いきなりふとラジャスタン地方の民謡と重なった。色水や色粉を掛け合って農作物の豊饒や人生を祝う三月のホーリー祭のことを歌った『ホーリーソング』Holi Yame Udere Gulal である。現実の世界は不条理に満ちあふれ、悲惨なほどグロテスクなのに、このふたつの楽曲には、人間そして人生を肯定する余地がまだ残されている。まだ世界を信じてもよいのではないかという勇気すら与えてくれる。

 畢竟この世界は幻想なのである。だが世界が幻想であるが故に、クリエイターやアーティストは自分が信じられるものに真っ正面から向き合う。ここラジャスタン地方でも、楽士たちは何もない砂漠の景色を見つめながら、そこに鮮やかで美しい輪廻の華を咲かせ、幻想を信じ、演奏し、そして謳う。楽士たちは不条理な現世を全うすることで豊かな来世を本気で信じている。その切実な想いを神様に聴いてもらいたいかの如く、彼らは音楽を信じ、祈り、そして今日もまたどこかで謳っている。

 信じられる音楽は何よりも強いのだ。


(写真:ムールサガル村に向かうガネーシャのリクシャーにて。映像作品『ザ・ラジャスタン~砂漠の表現者たち』より)

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 煙草シーンの撮影の後に、家の庭でこれからライブを開催するので観ていかないかとジャグディッシュから誘いを受ける。楽しそうだ。もちろん観たい。
 やがて十名くらいの韓国人の観光客集団がやってきた。先日ジャグディッシュがヒルトップで演奏している時に知り合った集団だそうで、彼らのためにライブを開催するのだという。韓国人を前にして演奏することが多いそうだ。私は最前列の右側に陣取る。今回のライブは、弓奏楽器ラーヴァンハッターと打楽器ドーラクの二人のコンビネーションによる演奏なので、舞台真正面の単調な構図ではなく、斜め向きの構図で撮ってみることにした。ガンマイクでのモノラル録音を後で少し後悔したが、あの状況ではステレオコンデンサーはちょっと難しかったかもしれない。定位が上手く決まらずに不安定な音になったかもしれない。

 日没直前にライブはスタートする。ジャグディッシュの傍らで末っ子の息子が、マスカットを頬張りながらリズムに乗って体を揺らしているのが微笑ましい。彼が父親の技術や精神を受け継いでいくのもそう遠い日ではないだろう。尊敬すべき父親像が、まだこのコミュニティでは生きているように思えた。このライブの後半では年長の息子が歌で参加して、観光客のフラッシュ攻撃にピースサインで答えるという余裕すら見せていた。
 薄暗くなってきた景色の中で、弓奏楽器ラーヴァンハッターの優しい音色に両面太鼓ドーラクのメリハリの利いたリズムが絡んで、扇動的でありながらも情緒的でもあるなんとも言えない多彩なサウンドが夕暮れのコロニーを包み込んでいる。演奏中に「楽しいかい?」と何度も私に訊いてくるジャグディッシュの表情は、子どものような無邪気な満面の笑顔に溢れていた。甘くメロディアスなフレーズはどことなく韓国民謡のアリランを彷彿とさせ、彼が韓国人にウケが良いというのも分かるような気がする。彼らの演奏は土着的な民族音楽の領域を越えている。演奏するのが楽しくて仕方がないという純粋さと、民族音楽をさらにクリエイティブに表現したいという切実さが伝わってきた。ここは本当にインドなのだろうか?いったい私は世界の何処で音楽を聴いているのだろう・・・。そんな無国籍で不思議な気持ちで、彼らのライブを楽しんでいた。


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 やがて日は沈み、照明もないこのステージでは撮影が困難なほど暗くなってしまったが、音だけでも録っておきたいのでカメラは回しっぱなしにしておく。途中でパペットショー(人形劇)を挟み、小一時間でライブは終了した。とても良いライヴだった。観客の韓国人たちが礼も言わず、チップも渡すことなくその場を淡々と去っていく無礼さには驚かされたが、ジャグディッシュはそんな状況を別段気にすることもなく、普段の様子と全く変わらない。彼の金に対する無頓着さや無欲さも、他の楽士たちには見られないものだった。

 街中にだって「ホンモノ」はいるのではないかなぁ。そう思わずにはいられなかった。


(写真上:自宅の庭でのライブステージでのひととき。年長の息子はステージでも余裕の表情ですでに場慣れしている)
(写真下:パペットショーもボーパのライブには不可欠な出し物だ。スカートを翻すと別の顔が出てくる。表現こそは違えど、人形浄瑠璃の「がぶ」を思い出させる)

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JAGDISH BHOPA (Live at Kalakar Colony in Jaisalmer, 08.Mar.19)
01. Chidiya Chug Gayi Khet - Lera (Medley)
02. Morchang
03. (Unknown Song)
04. Biro Banjaro Re [with his elder son]
05. Puppet Show
※赤文字が今回DVD作品化


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 日を改めて、もう一度ジャグディッシュに会うことにした。約束の時間に彼の家に行くと、彼の奥さんが笑顔で出迎えてくれた。
 ボーパが絵解きをする時には女役のボーピーとペアで演じられるのだが、夫がボーパで妻がボーピーの役を演じることが多い。ジャグディッシュの奥さんも絵解きをする時はボーピーを演じるとのこと。だが母と息子である場合や、女性の芸能を禁止しているビール族 Bhil では男同士(片側が女形)の場合もあるそうだ。
 クールでロック的なオーラを放つジャグディッシュが絵解きをする光景がどうにも想像できないのだが、頼まれる頻度は割と多いと語っていた。だが彼は絵解きや観光客への演奏収入だけでは食べていけないようで、農業作業や土木作業にも従事しているそうだ。午前中はフォートの入り口の広場で手製の土産用のミニチュアのラーヴァンハッターを売っているので、彼に会ってみたい人は是非訪れてみて欲しい。自らの演奏用のラーヴァンハッターも自作であることから、土産用のミニチュアも品質は信頼できるもののように思えた。二〇〇八年三月当時で五〇〇ルピー。できることなら私も買って帰りたかったが、荷物の都合上ここまで大きなものを持ち運ぶ余裕がなく結局諦めてしまったのだが、帰国後の今となって相当悔やんでいる。

 前回のセッションで、ジャグディッシュの末っ子の息子にあげた日本のキャンディがかなり好評だったようで、夫妻も前回以上に好意的に接してくれる。奥さんはシルバー(アルミかも?)のアンクレットをプレゼントしてくれた。今まで旅をして来て、このように現地人、しかも楽士からプレゼントを貰ったことは初めてで嬉しさが込み上げる。「彼女にあげてね」と奥さんに言われたが、あいにく伴侶を持たない人生である。だが心に残る想い出の一品である。


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 今回の再訪の目的は、前回のセッションでジャグディッシュの煙草を吸う所作がクールで印象的だったことから、改めて撮影させてもらいたいと思ったのだ。御用達のビディ(インドの煙草)のノーマルとストロングの二種を差し入れに持っていくと、彼はノーマルの方が好きだと言う。煙草を袋から出してクールに吸うといったシーンを撮りたかったのだが、いざ撮影を始めると、ジャグディッシュはカメラを意識しすぎてコチコチになってしまう。むろん演技とは無縁のアーティストなのだから、演じることにそもそも無理があるのは分かっているのだが、どうしてもカメラに目線が向いてしまい自然な表情が撮れない。結局彼のクールな印象とは全く違った居心地の悪そうな散漫な煙草のシーンになってしまったが、普段とは違う彼の表情も興味深いので映像作品には入れることにした。

 撮影が終わって雑談をする。彼のベッドサイドには、シヴァ神、ガネーシャ神、サラスヴァティー神のポスターが貼ってある。ボーパもヒンドゥー教を信仰しているのだ。

 「あなたにとって一番重要な神は?」と尋ねてみる。
 「全部大事さ。でも一番は・・・『ラー』!」と天を指さして彼が言う。

 ラーといえばエジプト神話の太陽神が思い浮かぶ。だが彼に確認してみると「違う」という。彼の奥さんも一緒になって天を指して「ラー」と言っている。エジプトの太陽神でないのならいったい何なのだろうか。
 インドにラーと呼ばれる神はいるのか、後でコーディネーターのカマルに尋ねてみるが、分からないと言う。「アッラーのことじゃないのか」とも言われた(アッラーは、アラビア語で「唯一 (アル)」なる「神 (ラーフ)」を意味する)が、ヒンドゥー教を信仰している人が、はたしてイスラムの神を信じることなんてあるのだろうか。自然神であるエジプトの太陽神の方が、空を指さした彼の所作を踏まえても納得がいくのだが、真相は分からないままだ。とにかくヒンドゥー教の神への帰依はもとより、太陽崇拝、自然との一体感を感じながら生きている砂漠の表現者の思想を垣間見たようだ。(次回に続く)


(写真上:ジャグディッシュ夫妻と末っ子。日本のキャンディのウケがよかった)
(写真下:ビディに火を点けるクールなジャグディッシュ。映像作品『ザ・ラジャスタン~砂漠の表現者たち』より)

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 ヒルトップから場所を移して、コロニーの中腹にあるジャグディッシュの家に案内された。腰くらいの高さの泥塀から入ると四畳半ほどの庭スペースがあり、隅には炊事場がある。金属製の食器類や鍋は綺麗に磨かれてピカピカだ。塀の外はゴミや小枝や小石が散乱して無法地帯と化しているが、塀の内側の居住スペースはゴミすら落ちていないほど清潔だったことが対照的だった。彼らの浄不浄の境界線を垣間見たようだ。家屋は塀の内側にL字方に二箇所あり、ひとつは四方を牛糞で固めた壁で覆われた茶室ほどの広さの家屋、もうひとつは壁がなく屋根だけのテントのような家屋だった。ここで夫婦と子ども五人の計七人で暮らしているそうだ。
 このカラカール・コロニーはラジャスタン政府が芸人のために供与した場所だそうだが、近年金儲けのために土地の権利を売り払っている芸人もいるという。そんな現状をジャグディッシュにどう思うかを訊いてみると、「確かにそういう奴もいる。だがオレは生まれ育ったこの場所が好きなのだ。ここから望むフォートの眺めは最高だろ?」と涼しい顔で答える。このコロニーは街を見下ろすような小高い丘に位置している。庭から景色を眺めてみると、風よけの石で無造作に固定されたビニール製のみすぼらしい屋根が続くその先には、少し霞みがかったフォートが悠然とそびえ立っている。毎日こんな雄大な風景に接していれば、人生や音楽に対する愛情がより深くなっていくのも分かるような気がした。


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 土壁で覆われた部屋に案内される。薄暗い部屋の中は簡易ベッドと旅用の小さな鞄があるだけで、あとは白熱灯がぶら下がっているだけの簡素な作り。この場所でセッションをすることになった。バート・スターン監督の『真夏の夜のジャズ』におけるチコ・ハミルトンの演奏シーンのように、暗闇に浮かぶ上がるアーティストといった構図が頭に浮かんできた。ジャグディッシュの立ち位置や白熱灯の位置を何度も調節し直して、もう一度「ゴールバンド」でリハーサル撮影を始める。なるほど、彼がいつも演奏しているこの場所の方が、全然良い感じの音で聞こえる。優しく囁きかけるような甘い音色が土壁の部屋一面に充満する。やがてジャグディッシュはだんだんと演奏に溶け込み始め、力強さと優しさと虚無感が同居しているかのような不思議な表情へと変貌してきた。このボーパはやはりただ者ではなかった。二曲目と三曲目は、映像の構図をフェイスアップのみで撮ることにした。楽器演奏が見えることも重要だが、彼の場合は表情を追い続ける方が楽曲にもより説得力が出ると思ったのだ。今回のセッションの撮影が個人的には一番納得が行くものになった。

 セッションが終わって、ジャグディッシュに全曲のプレイバックを見せると、興味深く見入っている。時おり「この画いいね」と誉めてくれたり、ビデオやマイクについていろいろ質問してきたりして、彼は撮られることに関して他の楽士よりも特に意識しているように思えた。
 グループによる演奏よりも今回のようなソロ演奏の方が、被写体と自分との関係性がより表現しやすいので好みである。ワンショットでの表現方法には限界があるし、あまり大人数の楽士の構成だとカメラワークに迷いが生じがちで、撮影が大変困難になる。同じ曲を何度か演奏してもらい、編集でカット繋ぎすればよいという方法もあろうが、楽士のテンションを下げることにもなりかねないので、できるだけワンショットで撮りたいのだ。一曲くらいはアンコールと称してカット割り用に再度同じ曲を演奏してもらうことも考えはするのだが、楽士のことを思えば何度も試したいとは思えない。ワンショットはひとりの人間の視点と同じであるので、作家としての自分の感じているものを伝えやすい。

 ジャグディッシュの魅力は、DVD作品『ザ・ラジャスタン~砂漠の表現者たち』を視聴していただいた方が存分に伝わると思う。彼のセッションを撮ったことで、ラジャスタンの音楽映画を作ることができると確信した。これ以降、万が一思うように撮影が出来なかったとしても、今まで撮った素材だけでも充分にラジャスタン音楽の魅力は伝えることが出来るだろう。そう思うと心がずいぶん軽くなって、だんだんと気持ちに余裕が出てきた。(次回に続く)


(写真上:ジャグディッシュの住まい。浄不浄の境界線がはっきりとしている)
(写真下:甘い音色を放つジャグディッシュ。映像作品『ザ・ラジャスタン~砂漠の表現者たち』より。オリジナルはかなり暗めの幻想的な映像だったが、最終形はカラコレでイメージを明るく変えたものを採用した)

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JAGDISH BHOPA (at Kalakar Colony in Jaisalmer, 08.Mar.17)
01. Gorbandth (Hilltop Session)
02. Gorbandth
03. Chidiya Chug Gayi Khet
04. Lera
※赤文字が今回DVD作品化

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 まずはカラカール・コロニーのヒルトップでセッションしてみることにした。前回もマンガニヤールのチャナン・カーン・アーティスト Chanan Khan Artist とのセッションで利用した場所だ(過去映像作品:manganiyar, rajasthan folk - vol.2(YouTube)をご参照)。その時は逆行気味であまりよいショットが撮れなかったのだが、今回はそれを逆手に取って幻想的な構図で撮ってみようという目論みがあった。
 目的地まで話をしながら歩く。ボーパについて少ない知識をひけらかすと、彼は「何でそこまでボーパに詳しいんだ。本でも書いているのか」と少し驚いたようだったが、こちらの意向を説明して納得してくれたようだ。コロニーの頂上までは通常、傾斜に沿って作られている緩やかな遊歩道を通るのだが、ジャグディッシュは近道をしてコロニー西側の絶壁を野生動物のようにスイスイ登っていってしまう。重い機材を持った私は急斜面の登頂ですぐに息切れしてしまった。毎度旅をして思うのだが、自分はなんて脆弱な男なのだろうかと情けなくなる。

 コロニーのヒルトップに着いて、雄大にそびえ立つフォートを背景にして、まずは「ゴールバンド」の演奏でリハーサル撮影に入る。このセッションは逆行を利用してハレーション気味で撮影し、編集時にディフュージョンを加えて幻想的なイメージに仕上げようという心づもりでいたのだが、いざ演奏してもらうと構図的にも音的にも何かが足りない。広い場所で演奏していたためラーヴァンハッターの音が拡散してしまい、この楽器の持つ情緒感が薄れてしまっているのだ。おまけにコロニーの少女たちが物珍しそうに寄ってきて、撮影中に騒ぎ始めたので集中力も途切れてしまった。とりあえずジャグディッシュには最後まで演奏してもらったが、彼も自分自身の状況に納得していないらしく、私が言い出す前に「場所を変えないか」と向こうからリクエストしてきた。(次回に続く)


(写真:カラカール・コロニーのヒルトップでのセッション風景。映像作品『ザ・ラジャスタン~砂漠の表現者たち』の未公開映像より)

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 コーディネーターのカマルを経由してジープドライバーのアユーブから、ジャイサルメールの街の北部に位置するカラカール・コロニー Kalakar Colony と呼ばれる芸人居住区に暮らすジャグディッシュ・ボーパ Jagdish Bhopa というボーパを紹介してもらうこととなった(ボーパの詳細については前記事「#017:ホンモノは街中にいないのか」をご参照)。
 彼の名前を聞くのは二度目だった。ガンディー・チョウクの東側の商店街の入り口のスナック屋で、自らをチャイ・マスターと呼ぶ店主ナトラジとの雑談で「ジャグディッシュはこの街で一番お奨めのアーティストだ」と数日前に聞かされていたのだ。その時に「JAgdisH BOPA(表記ママ)」と記された紙切れを貰ったので、彼の名前が強烈に脳裏に焼き付いていた。

 夕方になるとコーディネーターのカマルの経営するインターネット・ポイントにジャグディッシュがやって来た。二本のラーヴァンハッターを肩にかけ、裸足で歩き、大柄でスリムなその出で立ちは(自らをラージプートの後裔と主張する彼らではあるものの)、まるで異国の野武士のようにも見える。クールでもの静かな物腰の奥には、どこか人を寄せ付けないような力強さも持ち合わせていて、捉え所のない不思議なオーラを放っていた。今まで出会った楽士とは確実に違う「何か」を彼は持っている。そしてそれはどこか自分と重なり合うもののようにも思える。彼にロック魂を感じてしまったのだ。
 フォートの入り口で土産用のミニチュアのラーヴァンハッターを売っている、とジャグディッシュから聞かされてさらに驚いた。前回の滞在も含め、彼とは何度もすれ違っていたことに気付かされた。この出会いは必然だったのだろうか。今回のセッションは何か特別なものになるのではないか、そんな期待感が私を包み込む。(次回に続く)


(写真:不思議なオーラを放つボーパ、ジャグディッシュ)

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 マンガニヤールとジョーギーの次にボーパを撮ることにした。

 ボーパ Bhopa はグジャール族の一派であり、家々を門付けし喜捨を乞い、招かれて絵解きをして稼ぎを得る伝統的な放浪芸人である。ラージプートの英雄の生涯を色彩豊かに描いた幕(パド)を前に、その由来・縁起について絵解き Pabuji's Scroll をしながらうたい、踊り、かけあう大道の芸能である。幕にはラージプートの英雄神(パブジー Pabuji)の武勇伝が描写してあり、彼らボーパのことを正確に言うと、パブジー・キ・パドという絵解きをする人々のことである。ヒンドゥー教を信仰。ラジャスタン地方のスィーカル、ジュンジュヌー、チュールー、ナーガウル、ジョードプルに多く暮らしている。
 男の方はボーパ、女はボーピーと称する。ラーヴァンハッター Ravanhatta という独特な弓奏楽器を弾き語りしながら踊る。妻は終始顔を布で隠しながら夫との歌とかけ合う。ラーヴァンハッターはココナッツの殻の小さな胴体に太めの竹製のネックを差し、二本の演奏弦(一本は馬の尻尾の毛、もう一本は金属製)と二十本近い金属製の共鳴弦を持っている。馬の尻尾の毛を張った弓の先のほうには数個の小さな鈴がついていて、弓を引くときの手首の返しでシャンシャンとリズムが取れる(参考資料「ジプシーの来た道/市川 捷護(白水社)」※一部を修正引用)。

 ジャイサルメール中心部の東側の商店街のサダール・バザール Sadar Bazar には、店主曰くこの街で唯一の音楽専門店「ヴィッキー・デサート・ドリームス」Vicky Desert Dreams がある。入り口にはカルタールやドーラクなどの民族楽器やインド製のGivson社のギターが展示してあり、店内にはCDや書籍も多少置いてあったような記憶がある。さらに店内には妹尾河童氏の「河童が覗いたインド」でも紹介されていたウダイプール産のミニチュア・テンプルを始めとしたキッチュな土産物も売っている。
 この店の奥の倉庫には結構な数の民族楽器が保管してあり、バパング Bhapang と呼ばれる円筒形のボディから一本の弦が延びている弦楽器の情報収集をしていたところ、偶然にこの倉庫で現物を見せてもらうことが出来た。演奏が難しい楽器らしく、演奏者はカノイ村にはいるが、おそらくジャイサルメールの街中にはいないのではないかとのこと(さらに情報収集を続けたところ、カラカールコロニーに暮らすアラディン・カーン Aladin Khan というマンガニヤールの演奏者の名前まで辿り着いたのだが、時間の都合で結局訪問ができなかった)。バパングは「ジプシーのうたを求めて(ビクター)」「The Dhoad Gypsies(ARC Music)」など、いくつかの市販CD音源でそのコミカルな演奏を聞くことは可能だ。

 ヴィッキー楽器店の店主曰く「ジャイサルメールの街中にはホンモノのミュージシャンはいない。皆ツーリスティックで、金銭目当ての奴ばかり。本物を探すなら村に行く方が良いだろう」と通ぶる。彼の言い分は分からないまでもない。実際にカノイ村や放浪民たちの音楽は素晴らしかった。そして前回の滞在で行った街中での撮影セッションを思い浮かべると、今回の楽士に比べどこか物足りない印象が残ったこともまた事実である。だが「本物」「偽物」は主観的な感性に基づく判断であり、物事の本質とは相容れない。街中のレストランで演奏している楽士の中には、周辺の村からジープで送迎されてくる者たちも多いと聞く。そして前回の滞在に比べて、今回の方が楽士に対して切実な想いで接している分、彼らの素晴らしい側面がやっと自分にも見えてきたという理由も大きいようにも思うのだ。

 このジャイサルメールの街中にも、まだ素晴らしい表現者はいるのではないか。ただ私が気付いていないだけなのではないか。


(写真:ボーパが絵解きに用いるパドの一部。長さ三メートル、高さ一・五メートルほどの幕であり、パブジーの武勇伝が描かれている)

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VICKY DESERT DREAMS
Sadar Bazar, Jaisalmer,
Rajasthan, INDIA 345001

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 ガディサール湖畔の木陰でしばらく寝転がっていると、どこからともなく弓奏楽器カマイーチャ Kamayacha の柔らかな音色が聞こえてきた。カマイーチャと言えば、前回もカラカール・コロニーで暮らすマンガニヤールのディーヌ・カーン Dinu Khan のセッションが記憶に新しい。ハルモニウムが伴奏楽器としての役割を担うようになってきてからは、カマイーチャは年々継承者が減ってきて、今では演奏するのは高齢者だけという稀少な楽器となってしまっている(過去映像作品:manganiyar, rajasthan folk - vol.1(YouTube)をご参照)。丸い胴体はマンゴの木、ヘッドは象牙、弓は馬の尻尾、メロディを奏でる三本の太弦は山羊の腸弦、十数本の共鳴弦は金属弦を使用している(さらなるカマイーチャの詳細については、本ブログの過去記事「私説ロマ:マンガニヤールの使用楽器」をご参照いただきたい)。
 ディーヌのカマイーチャは壊れていたため、かなりアバンギャルドな音を出していたが、この湖畔から聞こえている音色はなかなか美しく、うっとりと聞き惚れてしまう。モンゴルの馬頭琴が「草原のチェロ」と形容されるなら、このカマイーチャはさしずめ「砂漠のチェロ」と言っても過言ではないだろう。

 この砂漠のミッシャ・マイスキーは、バスー・カーン Basu Khan と名乗る、ジャイサルメールの北西のサンセットポイント近くのブッダ・コロニーに暮らしている老人である。今回は通訳もいないので現地語しか解さない彼とコミュニケーションをするのは少し難儀だったが、こちらの撮影機材を一瞥(いちべつ)して目的を察してくれたようだ。
 リベラルな小鳥の鳴き声に包まれながら、早速ジャイサルメールの楽士なら誰でも演奏できる有名な民謡「ゴールバンド」 を演奏してもらう。カマイーチャの太く優しい音色が、目覚めの一杯のマサラ・チャイのように爽やかに朝の湖面に反響している。ストリートが糞尿のカオスから開放された瞬間。そして歌が始まってさらに惹きつけられた。老人とは思えぬほど張りのある爽やかな美声で朗々と歌い上げるではないか。老人と小鳥の爽快なコラボレーション。ときおり自由になった左手を左右に振って感情表現するのもコミカルで楽しい。インド古典舞踊でも見られるように、手の所作で感情表現することはまさにインドの芸能や芸術表現にはなくてはならないものである。
 二十分ほどのセッションが終ったころに、白人の団体客が湖に訪れてきた。バスーはここぞチャンスとばかりに、これも老人とは思えない機敏な素早い動きで、彼らが集っている湖上の祠(ほこら)へとすぐさま移動。その臨機応変な変わり身の速さが可笑しい。

 さて今日も彼はたくさん儲けただろうか。


(写真:バスー・カーンと彼の名前を胴体に記した弓奏楽器カマイーチャ)

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BASU KHAN (at Gadisar Tank in Jaisalmer, 08.Mar.16)
01. Gorbandth
02. Moomal
03. Nimbla
※赤文字が今回DVD作品化

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 インドの朝が好きだ。

 肌寒いひんやりとした風が、旅で疲れ気味の体を包み込みように優しく愛撫する。夜を楽しんだ野良犬たちはやっと眠りにつき、ラジャスタン地方の独特なファッションであるチョーリー(ブラ)とガーグラ(スカート)や、眩い色のサリーに身を包んだ女性たちは、まるで儀式のように厳かに家の掃除を始める。気狂いの大合唱のようなリクシャーの交通騒音もしばし鳴り止み、しんみりとした静寂の中で石造りの歴史的な建物をぼんやりと眺めていると、中世にタイムスリップしたかのような錯覚に陥ってしまう。おそらく本日の日中も猛暑になるのだろうが、今この安らかな時間帯にはとうていそんな風には思えない。密度の濃い空気が充満するこのひとときには、人々のこころを美しく浄化する不思議なエネルギーが満ち溢れている。
 カフェの匂いに包まれるヨーロッパの朝も好きだった。イタリアのエスプレッソ、スペインのカフェ・コン・レチェ、ポルトガルのビッカ、フランスのカフェ・オ・レ、クロアチアのカヴァ・サ・シュラゴム、そしてこのインドではマサラ・チャイと言いたいところだが、どうやらストリートの糞尿の臭いの方が勝っているようだ・・・。

 ジャイサルメールの楽士たちは、練習も兼ねて涼しい早朝から演奏活動をする。早朝に彼らの演奏を観られる主なスポットは、街の北西の有料サンセットポイント、貴族や富豪商人の豪華な邸宅だったハヴェリーの中で最大のパトウォン・キ・ハヴェリー Patwon Ki Haveli、フォートの南西に位置する人工貯水池ガディサール湖 Gadisar Tank などが挙げられよう。
 前回の滞在でも風光明媚な景観が印象的に残ったガディサール湖で楽士を探してみることにした。八時を回った頃にリクシャーで現地に行ってみたものの、どうも早く来過ぎたようで楽士はまだ誰も来ていない。ごろりと横になってリベラルな小鳥たちのさえずりをBGMに、水辺で沐浴する老人や洗濯をする男を眺めながら楽士待ちをすることにした。(次回に続く)


(写真:朝のガディサール湖畔にて。平和なひととき)

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 ジャイサルメールの街中には確認しただけでも三つの大きな歴史資料館がある。ガディサール湖近くの民族博物館、ツーリスト・レセプション・センター近くの砂漠文化センター&ミュージアム、そして街の西側に位置するジャワハール・ニワス・ホテルやムーマル・ホテルといった高級ホテルが立ち並ぶエリアにある政府博物館。前者ふたつは民族楽器や各民族の調達品などが詳細に展示されており、前回の旅でも大変参考になった。民族博物館は日本人の著名な写真家が設立したそうである。政府博物館には訪れていないが、化石類が多く展示されているようで、タール砂漠が海だった頃の大昔に思いを馳せるのも楽しそうだ。

 今回の滞在では街中で偶然に「タール・ヘリテージ・ミュージアム」The Thar Heritage Museum という小さな博物館を見つけた。アマル・サガル門の東に位置するガンディー・チョウク Gandhi Chowk から東側の商店街へと延びるメインストリートを数十メートル歩き、最初の路地を右折、正面に見えるカメラ屋の二階に博物館の入口がある。
 この博物館は、ラクシュミー・ナラヤン・カトリ Laxmi Narayan Khatri というジャイサルメールの歴史や建築を研究している作家の私蔵コレクションによるものであり、彼が十代のころからコツコツと集めてきた化石、らくだや馬の装飾品、歴史的な料理道具、版木、施錠、さまざな書籍、貨幣、その他厖大な量のアンティークが整然と展示されていて、よくぞここまで自力で集めたものだと感心してしまった。二〇〇七年に土地の文化遺産の保存に貢献されたものに与えられる The Sanskriti Dharmi Award を、ジャイサルメールの行政長官から授賞されたそうだ。
 館内で印象深かったのが、ラージプートの種族のひとつバーチ族 Bhati が戦いに使用した武器や、サーランギーやカマイーチャなどの古い楽器、ボーパが絵解きで使う年代もののパド(幕)、当時の民族生活が描かれた絵画などである。
 歴史にはてんで疎い自分なのだが、好戦的なラージプートたちが支配していた八~十二世紀、彼らの戦いの祝福を歌や踊りという芸能で讃えていたこの時代が、砂漠の楽士たちを始めとするラジャスタン地方の芸術家たちとって、最もエキサイティングな時代だったのかもしれない、と、勝手な妄想が膨らんでしまった。

 入場料(名目はAdmission Contribution)は四十ルピー、写真撮影二十ルピー、ビデオ撮影五十ルピー。「君はアーティスト(厳密に言えば違うのだが)だからタダでいい」と館主のラクシュミーは言ってくれたが、白人の女の子がチップを支払っている横でふんぞり返っているのもどうかと思ったので、二十ルピーだけ寄付した。


(写真:タール・ヘリテージ・ミュージアムにて。たった一枚の写真が映像よりも多くを語ることがある)

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The Thar Heritage Museum
Near Bhatiya News Agency,
Gandhi Chowk Road,
(Street Opp. Laxmi Pustak Bhandar)
Jaisalmer, Rajasthan, INDIA



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