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DVD作品『ザ・ラジャスタン』の音楽紀行のインデックスです。リンク先は別ウィンドウにて開きます。


#001:車窓にて
#002:楽器職人モーハンに会う(1)
#003:楽器職人モーハンに会う(2)
#004:楽器職人モーハンに会う(3)
#005:テント集落のロハール族
#006:カノイ村のマンガニヤール(1)
#007:カノイ村のマンガニヤール(2)
#008:カノイ村のマンガニヤール(3)
#009:放浪ジョーギーに会う(1)
#010:放浪ジョーギーに会う(2)
#011:放浪ジョーギーに会う(3)
#012:放浪ジョーギーに会う(4)
#013:モレスキンと放浪
#014:タール・ヘリテージ・ミュージアム
#015:ガディサール湖のマンガニヤール(1)
#016:ガディサール湖のマンガニヤール(2)
#017:ホンモノは街中にいないのか
#018:ボーパのロック魂、ジャグディッシュ(1)
#019:ボーパのロック魂、ジャグディッシュ(2)
#020:ボーパのロック魂、ジャグディッシュ(3)
#021:ボーパのロック魂、ジャグディッシュ(4)
#022:ボーパのロック魂、ジャグディッシュ(5)
#023:楽園ラジャストック
#024:定住ジョーギーに会う
#025:ビール族に会う
#026:ホーリー前夜祭にて
#027:サンジート・ナタック・アカデミーにて
#028:コブラの化身、カルベリアの妖艶な舞(1)
#029:コブラの化身、カルベリアの妖艶な舞(2)
#030:コブラの化身、カルベリアの妖艶な舞(3)
#031:コブラの化身、カルベリアの妖艶な舞(4)
#032:コブラの化身、カルベリアの妖艶な舞(5)
#033:音楽プロデューサー、ビシュヌ氏に会う(1)
#034:音楽プロデューサー、ビシュヌ氏に会う(2)
#035:水タンクと壺の話
#036:バングル職人ラカーラに会う
#037:籠作り職人ガンチャに会う
#038:典型的なボーパの歌声と少女の舞
#039:ヒジュラに会えるか
#040:いろいろなサーランギ
#041:重厚なランガのセッション(1)
#042:重厚なランガのセッション(2)

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 サーランギ奏者のハニーフ・カーン Hanif Khan 率いる、ハニーフ・カーン・ランガ・パーティ Hanif Khan Langa Party は、メインボーカル、ハルモニウム、アルゴザ、ドーラク、カルタール三名、少年の踊り二名から成り、総メンバー数が十名と大所帯だ。このランガのセッションは大人数のためワンカメで撮るには困難を伴う。もちろん同じ演奏を何度か撮影して後で編集すれば、マルチアングルで撮ったのと同じ効果は出せるのだが、同じ演奏を繰り返すことで彼らのテンションが下がることは極力避けたいのだ。そして作家性のある音楽ドキュメンタリーという観点からは、自分の目の動きをワンカメで表現した方が作品にリアリティが出てくると思うのだ。

 今回はマンガニヤールとの差異を明確に表現したかったので、彼らにはスーフィー色の強い曲を演奏してもらうことにした。スーフィーとはイスラム神秘主義のことであり、イスラム教の世俗的権威よりも、思想・哲学や芸術などの直接的・精神的な体験を重視する宗派である。もちろんマンガニヤールでも自らの音楽をスーフィーだと明言している楽士にも出会った。この辺りの微妙なニュアンスは、部外者である自分には知る由はないのだが、ランガのスーフィズムはマンガニヤール以上にどこか切実さを持っているように思えるのだ。
 
 一曲面はスーフィーにはお馴染みの「ダマーダム・マスト・カランダール」Damadam Mast Kalander だ。同じ曲をすでにカノイ村のセッションで収録したことを告げると「マンガニヤールとの違いを感じて欲しい」と彼らが挑発してきた。これは面白い展開だ。
 ランガの特徴として、歌い手がどんどん切り替わり、キメのフレーズは皆で大合唱という点が挙げられよう。このダマーダム・マスト・カランダールも前半で歌い手が何度も入れ替わり、ジワジワと感情を盛り上げていく。そのコントロールが絶妙なのだ。マンガニヤールが疾走感溢れるシャープな演奏であるとするなら、このランガはテンポを落としてより重厚感を重視した、いぶし銀のような渋みのある演奏だった。メンバーが一丸となって大合唱を続け、ジワジワと天への階段を駆け上り、熱気が最高潮に達しついに神の御前にまで辿り着く。その時間は実に十一分と結構な長さだったのだが、時間の流れを全く感じさせないほど深く演奏にのめり込んでしまった。
 インドの伝統音楽であるヒンドゥスターニ音楽(北インド)やカルナータカ音楽(南インド)では、さらにもっと長い時間を費やして、神の領域へと近づいて行くのである。

 マンガニヤールの楽士の中には、自分たちをパキスタンのカッワーリと同等と見なされるのを嫌がる人もいるそうだが、このランガの演奏の方がよりカッワーリに近い印象を受けた。恰幅の良いメインボーカルのビカエ・カーン Bhikae Khan の天まで届きそうな太い歌声は、カッワーリの王者、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン Nusrat Fateh Ali Khan を思い出させるほどである。
 さらにドーラク奏者のサクール・カーン Sakur Khan は、演奏が佳境に入って来るとトランス状態になり、『ウッドストック1969』でサンタナのバンドでドラムを叩いていた若き日のマイケル・シュリーブ(当時十九歳)のごとく、一人だけどこか違う世界に居るかのような恍惚とした表情になるのが印象的だった。


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 次から次へと息つく暇もなく畳みかけるように楽曲が進行していく。楽曲のクライマックスになると、両端でカルタールを叩いていた二人の子どもたちがいきなりステージ中央で舞いを始めるのも、マンガニヤールには見られなかったパフォーマンスだ。これがランガの特色なのか、彼らの楽団独自のものなのかは分からないが、スーフィーを特徴づけるセマー(旋舞)とは違うアプローチで、アッラーとの合一を試みているという印象すら受けた。リハーサルの時に見た子どもたちの舞いは、正直自分のカメラワークには邪魔のようにも思えてしまったが、セッションが進むにつれ、純真な彼らの舞いが神と下界を繋ぐのに重要なシャーマン的役割を果たしていることを感じさせられた。
 セッションが進むにつれ、セッションを見物していたコーディネーターのマチュール.JRやガイドのニッキールがだんだんと興奮してきている。二人ともヒンドゥー教徒であるにも関わらず、ムスリムのビカエ・カーンの問いかけるようなボーカルに反応して、楽曲との一体感、恍惚感を感じているようだった。歌詞の内容が分かればもっと彼らを理解できるのにと残念だったが、演奏を聴くだけでもただならぬ恍惚とした表現の世界に溶け込むことは出来る。

 五曲を終える頃には約束の演奏時間の三十分を過ぎてしまったが、ランガたちのテンションがかなり上がってきた。ここで終わるのは残念だと思っていたら、マチュール.JRが「さらに延長する。金の事は気にしないで」と言う。私以上に彼らの方が盛り上がってきてしまったのだ。陽が落ちて辺りはすでに真っ暗。電球一個の灯りだけでなんとか被写体が確認できる程度。これではさすがにビデオ撮影続行は無理だが、音だけでも記録しておきたいので、セッション最後までビデオは回しておくことにした。
 ガイドのニッキールが特に感銘を受けていたのは、最後から二曲目の「ラガン・ラガイ・フムセ・マン・キ・ラガウ」Lagan Lagai Humse Man Ki Lagau というハルモニウム奏者独りによる弾き語りだった。詩の美しさを重視するイスラム芸術と市井の人との関わりは北アフリカを旅した時にも強く感じたが、それがこのインドでも見られて感銘深いものがある。ヒンドゥーの観客までも虜にするムスリムのランガ。ただ者でない。

 一時間ほどでセッションは終了。辺りはもう真っ暗だ。今回のセッションは、今までの砂漠ののんびりとした状況とは全く雰囲気の違う緊張感の中で行われ、人間性の尊厳や神への愛などのテーマを基調とし、個我からの解放、精神的共同体における一体感や神への合一など、まさにこれぞスーフィーといったパワフルなセッションを目の当たりにして、終始鳥肌が立ちっぱなしだった。
 しかし十人の演奏をワンカメで撮るということに必死で、映像で彼らと対話することもままならず、どこか一人だけ取り残されてしまったような気持に陥ったことも否めない。スーフィー音楽の演奏を耳や目で感じ、楽しむことは出来たとしても、文化的土壌の違う自分が精神的な面で入り込める余地はないのではないかと、少し寂しい気持ちになったこともまた事実である。
 だがこのランガのセッションは今まで追ってきたラジャスタン音楽の最後を締めくくるのに相応しい演奏であったことは間違いない。すべての楽士のセッションを終えて、今回の撮影を作品化することを決心した。


(写真上:マチュール邸のルーフトップセッション。サクール・カーンのタイトなドーラクが特に印象に残った)
(写真下:スーフィーの真髄を見たりといっても過言ではない、重厚感のある素晴らしいセッション。写真上下とも映像作品『ザ・ラジャスタン~砂漠の表現者たち』より)

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BHIKAE KHAN & HANIF KHAN (at Mathur's House in Jodhpur, 08.Mar.25)
01. Hichki (Reharsal)
02. Damadam Mast Kakander
03. Suran Di Satayan
04. Bulle Shah
05. Kardo Kardo Beda Par
06. Algoza & Khaltar Solo
07. Sarangi Solo
08. Ladli Lumba Lumba
09. Lagan Lagai Humse Man Ki Lagau (Gajal)
10. Jab Deku Bane Ri Lal Pili

※赤文字が今回DVD作品化

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 さて『ザ・ラジャスタン』音楽紀行を締めくくるのは、ランガのセッションである。

 ランガはイスラム教スンニ派を信仰し、イスラムをパトロンにその伝統的な芸能を継承する重要な部族である。そもそもランガには「歌の贈り手」という意味があり、サーランギ ・ランガ Srangi Langa (Sarengia Langa) とスルナーイ・ランガ Surunai Langa (Sonia Langa) の二種類のグループが確認される。サーランギ ・ランガは弓奏楽器サーランギ Sarangi を歌の伴奏に用いるグループで、スルナーイ・ランガは歌を歌わず、吹奏楽器のスルナイ Surunai (Sahenai)、サタラ(ダブルフルート)Satara、ムルリ(ジョーギーのプーンギーと同じ)Murli のアンサンブルで演奏するグループである。
 彼らは西暦五~六世紀にアラブ、アフガンから渡来した民であり、現在はバールメール、ジャイサルメール、ジョードプルに近郊に居住する。近年(特に一九八〇年初頭)、世界のメディアが彼らの存在に注目し、テレビ出演や世界各地のインド・フェスティバルなどにも数多く登場している。(参考資料「ジプシーの来た道/市川 捷護(白水社)」※一部を修正引用)

 ジョードプルはランガの本場で、ジャイサルメールのマンガニヤールと双璧を成す存在である。共にムスリムであるが、マンガニヤールがヒンドゥーのパトロンに仕えていたという歴史に対して、ランガはムスリムのためだけに演奏してきた。地元の人はマンガニヤールもランガも同じだという認識のようだったが、上記の理由からランガの方がよりスーフィー的な音楽要素を持っているのではないかと、後にセッションを撮影して感じた。通常ランガは白いターバンを巻いているが、ジャイサルメールやバールメール出身のランガはカラフルなターバンを好む傾向があるという。さらにマンガニヤールが好む暖色系のターバンを巻き「自分たちはマンガニヤールだ」と、状況に応じて臨機応変に演奏するというしたたかなランガもいるそうで、こんなところにもインド的な憎めない愛嬌を感じる。
 
 さてランガのセッションについて語ろう。
 ランガのセッションもカルベリアの時と同じく、マチュール.JR氏(サンジート・ナタック・アカデミーの館長、マーダン・モーハン・マチュール氏の息子)をコーディネーターに迎え、マチュール氏の計らいで自宅を撮影用に開放してくれることとなった。街中から数キロ西側に位置するマヘッシュ・ホテル Mahesh Hotel の近くに彼の自宅はあった。ジャイサルメールからのバスの終点がこの近辺だったので覚えていたのだ。
 風邪気味の重い体を引きずって、午後五時過ぎにニッキールのバイクでマチュール氏の邸宅へ。連なる石造りの平屋の中に彼らの暮らす家があり、特別豪華でも貧しくもない普通の裕福な暮らし向きを想像させる部屋だった。しばらくするとリクシャー二台をチャーターしてランガ集団のハニーフ・カーン・ランガ・パーティ Hanif Khan Langa Party が登場。カラフルで細かなモチーフがあしらわれたターバン、刺繍が施された白地のシャツに、ターバンとコーディネートされたクルタ・テープ、決して華美ではないが高価そうに見えるネックレスやイヤリングなどのアクセサリーを身にまとって、颯爽と家の中に入ってきた。クローバーの刺繍を施した子どもも二人いる。総勢十人。すごい存在感に圧倒された。
 マチュール.JR氏と彼らは懇意のようで、挨拶を楽しく交わして会話を始めた。今までとは全く違った、どことなくヒリヒリとした緊張感が辺りを覆い、私は彼らの和の中に入り込める余地がない。ただ傍らでそっと見つめていることしか出来なかった。マチュール.JRが今回の撮影意図を説明して、吹き抜けになっている二階のステージに移動することにした。


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 まずはギャラの交渉。ガイドのニッキールは「おそらくカルベリアよりも安く済むよ」という。私もそう見積もっていた。というのはゲストハウスに楽士を呼ぶ時の相場は五百ルピーと聞かされていたからだ。これはジョードプルでも、ジャイサルメールでも、そして周辺の村のクーリーでも同じだった。撮影が絡めばこんな安値ではもちろん済まないが、それほど高くなることはないだろうと思っていたからだ。
 予想に反して、マチュール.JRが要求した金額はカルベリアの時とほぼ同じだった。今になって思えば、彼らのクオリティを考えると、これでもかなり良心的な金額だったのだが、マチュール.JRが副業(スパイス輸出業)のスパイスを、私に売りつけるときに市価の二倍もの値段をふかっけてきたことがあったので、彼の金額設定には多少の疑心悪鬼を持っていた。
 少しつっぱねると金額が落ちたが、まだ納得できない。毎回のことだがギャラの交渉には骨が折れる。先方だって言い値で決まるとは思っていないので、かなり強気の金額を言ってくる。こちらは何とか安く済ませたい。だがあまり安値にこだわると、今回のように人数が多いと生活に窮する。だから一人当たり上手い食事が出来るくらいの値段は最低限出したいとは思う。その兼ね合いがなかなか難しい。今までの撮影でも「オレたちだって暮らしていかねばならないんだよ」とギャラの交渉で何度も哀願されたことがある。これがパフォーマンスなのか切実な問題なのかはさておき、良い演奏をすれば良いギャラを払うのは理にかなっていよう。


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 だが今回は相場をマチュール.JRが決めている。彼がブローカーとなって手数料を取った後、ランガたちへの配分はさらに少なくなってしまうのだろう。それを考えると高値で決めたいところだが、それでランガたちが潤うのかどうか分からない。少し考えてみて、マチュール.JR氏を通すのは止めて、ゲストハウスの屋上に別のランガを呼べばもっと安く済むと思い、往復の交通費だけ支払うので今回の撮影をキャンセルさせて欲しいと申し出た。
 そんなやりとりを横で聞いていたランガたちは、「まず演奏を聴いてから決めて欲しい」と言ってヒチキ Hichki を始めた。ヒチキとはしゃっくりの意味である。気持ちはキャンセルするつもりだったので少し苛ついていたのだが、彼らの演奏をしばらく聴いてみると鳥肌が立ってきた。すごい音圧なのである。メンバーひとりひとりの演奏技術も高く、アレンジもタイトにまとまっている。カノイ村のマンガニヤール、クーダバックスも良かったが、彼らともまた表現のベクトルが違う。根底に「重厚さ」を感じた。彼らも演奏に対しての自信とプライドを持っていたのだろう、時間を減らして三十分のセッションにすることでこちらの言い値で落ちついたが、このクオリティでは安すぎるだろうと言う気持ちもあったので、後でチップで上乗せする気持ちもあった。

 この二階の部屋では音場が響き過ぎて音がグルグル回ってしまうので、ステージを屋上に移してもらうことになった。日は殆ど落ちかけているので、暗くなるまでに早くセッションを終えなければならない。少し焦った気持ちでセッティングを始めた。(次回に続く)


(写真上:重厚な存在感を放つランガ集団、ハニーフ・カーン・ランガ・パーティのメンバーたち)
(写真中:ギャラの交渉が上手く行かずキャンセルを考えていた時に、彼らが勝手に始めた屋内リハーサル風景)
(写真下:そしてそのリハーサル演奏を聴いて鳥肌が立ち、数秒で考えを改めた)

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 長く連載を続けたこの音楽紀行も、今回のランガ関連の記事で終わりに近づいてきた。

 ランガのセッションの記事に入る前に、ランガを象徴する弓奏楽器サーランギ Sarangi (Sarengi) について今回は触れたい。
 サーランギはその音色が多彩で表現力に富むことから、語源を「百(サー)」と「色(ラング)」の合成語とされており、しばしば美しい女性の歌声に喩えられるように、繊細で魅力的な音色を出す弓奏楽器である。カヤル Khayal 、ドゥルパド Dhrupad 、トゥムリー Thumri などの伝統音楽の歌の伴奏にも用いられる。
 四本の主弦、八本前後の上部共鳴弦、最大で十七本程度の副共鳴弦を持ち、主弦は向かって右から第一弦(Sa)、第二弦(Pa)、第三弦(Sa)、ドローン弦(Sa、時としてMaやPaもあり)から成る。第一弦から第三弦までの三本が腸弦、残りはすべて鋼鉄弦である。右手で演奏する弓は馬の尻尾の毛を使用している。
 音楽学者のクルト・ザックス Curt Sachs によると、サーランギは中央アジアの西部から伝わったとされ、原始的なものがコブズとして、キリギス人やダッタン人(タタール人)の間で今日も使われている。インド国内のでサーランギは種類がいくつかあるようで、現地で自分が確認しただけでも以下の六種類があった。


● シンディ・サーランギ SINDHI SARANGI
 サーランギの中で最も改良されたもので、ジョドプル、バールメール、ジャイサルメールのランガ(サーランギ・ランガ)によって使用されている。シッサム Seasam と呼ばれる木材を材料とし、ボディは動物の皮で覆われている。

● ジョギーヤ・サーランギ JOGIYA SARANGI
 ジョードプルやバールメールのジョギーによって使用されるサーランギ。

● ダーニ・サーランギ DHANI SARANGI
 ジョギーヤ・サーランギのバリエーション。アルワールやバラトプールでバラードや伝統音楽のために使用される。弓は小さい。

● ディルバ・サーランギ DILRUBA SARANGI
 グジャラート州やシンド(パキスタン)(さらに他の資料では、パンジャブ州、ウッタル・プラデシュ州、マハーシュトラ州)で人気のある、シタールとサーランギを合わせたような弓奏楽器。ディルバ・サーランギと似たような楽器として、エスラジ Esraj と呼ばれるものもある。

● デデ・パサーリ・サーランギ DEDH PASALI SARANGI (DEDH PASLI SARANGI)
 グジャラータンのような小さなサーランギ。ボディは片側だけえぐれているのが特徴。ビーマル Bhimal やシワナ Siwana の打楽器演奏ジャーティのドリー(ナガルキ)Dholi (Nagarchi) によって見出された。

● サーリンダ SARINDA
 ジャイサルメールやバールメールのランガ(スルナーイ・ランガ)、マンガニヤールによって演奏される小さなサーランギ。


※ 他にもグジャラータン・サーランギ Gujratan Sarangi 、ダドゥヤ・サーランギ Dhadya Sarangi 、パヤリダール・サーランギ Pyaledar Sarangi 、チカーラ Chikara というものがあるようだが、詳細は未確認である。


(写真:サーランギ各種。ジョードプルのサンジート・ナタック・アカデミー民族資料館、ジャイサルメールの民族博物館、タール・ヘリテージ・ミュージアムの展示品を流用)


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