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●本記事について

本記事はポピュラー音楽理論の基礎、およびフラメンコの基本的な演奏技術を理解している前提で進めていきます。双方とも関連書籍や資料が豊富に入手可能です。
各コード・スケールの表示については、楽譜でなく英数字(例:短二度はm2)を用いた表組にて対応させていただきました。作譜の時間が取れなかった理由もあるのですが、ギタリスタに取っては表組の方が理解しやすい面もあろうかと思います。
本記事はフラメンコ愛好家に向けての公開をその目的としております。参考文献を引用している部分もありますが、個人的な見解で記述した部分も多くありますので、無断で商用利用および各種論文に流用することはご遠慮ください。
本記事の内容により第三者が損害や不利益を被った場合でも、当方では一切責任を負わないものとします。記事の内容については自己責任にてご判断ください。



●はじめに

 さて、今回から二回に渡って「フラメンコのコード・スケール理論」を連載いたします。

 そもそもフラメンコは人から人への口頭伝承によって伝わってきた音楽であり、ギタリスタの伴奏やソロ演奏においては、先人たちが作り上げた奏法やファルセータを日々習得することで引き出しを広げつつ、試行錯誤しながら自分なりの表現を模索していくことが一般的な習得法であり、実際のステージ演奏においては直観や感情を伴った即興性が大切とされるので、理論的に考える必然性はさほど大きくないと思います。

 しかし現在のフラメンコにおいては、ポピュラー理論、ジャズ理論、その他の新しい音楽的要素を取り入れ、複雑かつ多様化していることを鑑みると、理論的な側面から眺めてみることも有意義なことだと思います。
 ファルセータひとつ作るにも、理論的に考えることでさらに表現の幅が広がることに繋がると思いますし、ベース・ギターや鍵盤楽器、管楽器等、ギター以外の楽器のアンサンブルを加えたポピュラー音楽への接近、逆にポピュラー音楽からフラメンコへの接近においては、西洋のポピュラー音楽理論とフラメンコ音楽理論の両方の視点から考えることは大切なことのように思います。

 昨今のフラメンコのポピュラーやジャズ、フュージョンへの接近は、フラメンコという音楽のひとつの進化形なのかもしれませんが、そのモダンなポップ感覚によって、ジプシーが本来歌に込めていた切実な魂の叫びが薄れてしまわないかという危惧も感じ、この現状を手放しで喜んで良いものかと戸惑うこともあります。現在のフラメンコをBGM的に聴き流してしまうのは自分だけではないかと思います。古き時代の魂溢れるフラメンコを再度見直しつつ、理論を踏まえて、これからどんな表現を目指していくのかを自問することも、時には必要なことなのかもしれません。


albums



●フラメンコの成立

 アンダルシア地方は遠い昔のローマ時代から歌謡と舞踊が盛んな土地であり、イベリア半島の先住民イベロ族、フェニキア人,ギリシャ人,カルタゴ人,ローマ人、五世紀にはゲルマン人,八世紀~一五世紀にかけてはアラブ人、一五世紀前後にはセファルディムと呼ばれたスペイン・ポルトガル圏のユダヤ人など、たくさんの民族が交錯して生活を営んでいた。

  Alhambra
  イスラム建築の傑作、グラナダのアルハンブラ宮殿。レコンキスタ後も異宗教の文化に敬意を払うこのアンダルシアの風土が、フラメンコという複合芸術を生み出す土壌であったのだ。
 文化の坩堝(るつぼ)であったこの地ではあったが、レコンキスタ直後の十六世紀にも、カスティーリャ王国は種族と宗教の純潔をさらに広める目的で、イスラム教徒以外の少数民族もスペインから駆逐することになった。キリスト教への改宗を拒んだ多くのユダヤ人と、タキーヤ(偽装棄教)のイスラム教徒は国外に追放され、また放浪していたヒターノは官憲たちに迫害され続け(一四九九年からカロルス三世がジプシー法を廃止する一七八三年までに、ロマの服装、言語、慣習を禁止する法令が何度も発令された)たが、首尾よく逃げ回っていたユダヤ人、イスラム教徒、そしてヒターノが、この大きな敵、王国の異端審問所に対して反骨精神から結束することとなった。
 彼らは人が住まない山岳地帯の洞窟でいくつかの集落を作ったり、セビージャのグアダルキビル河口近くにヒターノ社会を形成したり、またキリスト教徒の難民や反逆者も仲間入りをして、宗教や思想を超えて迫害されたものたちによる文化的共同体が形成され、そこでイスラム、ユダヤ、ビザンチン、キリスト、そしてロマ民族の故郷インド、パキスタンの宗教音楽や民族音楽が絡み合って、フラメンコというひとつの芸術が生み出されたことが想像できる。

 フラメンコが成立した時期は明確には定義出来ないものの、その原型は十六世紀頃から始まったと言われている。十世紀から十一世紀前半にかけてインド北西部を旅立ったロマ民族は、スペインでは一四二五年にサラゴサ、一四四七年にカタルーニャで確認されたという記録が残っており、フラメンコの成立にヒターノ(スペイン系ロマ民族はヒターノと呼ばれる)が関係している裏付けのひとつとされている。
 十九世紀半ばから二十世紀前半にかけて、フラメンコは黄金期を迎えた。特にカフェ・カンタンテ(クアドロ・フラメンコと呼ばれるフラメンコの演唱者の一座をアトラクションにした酒場)が、アフィショナード(愛好家)たちで賑わっていた十九世紀後半には絶頂期を迎え、クラシック技法をフラメンコギターに導入したパコ・ルセーナを継承した、ラモン・モントーヤという伝説のギタリスタの出現によりフラメンコギター独奏の時代が始まった。その後フラメンコは衰退の危機にさらされるが、時代を担う天才アーティストたちやアフィショナードたちの情熱で、なんとか現在まで生き長らえている希有な民俗音楽かつ芸術音楽なのである。

 またフラメンコには異文化の融合で生まれたものとは別に、正統なアンダルシア民謡に起源を持つパロも多く存在する。例を挙げると、トリジェーラス、バンベーラス、テンポレーラス、カレセーラス、ナーナス、カンパニジェーロス、マリアーナス、セビジャーナス、ベルディアーレス、ソロンゴ、グアヒーラス、ミロンガス、ビート、コロンビアーナス、ガロティンなど。さらにペテネーラスやサエタスは、ユダヤ人の音楽から由来している。



●コード・スケールの変遷

 さて本題に入ろう。フラメンコで使用されるスケールはフリジアン・スケールに長三度(M3)の音を加えたもので、現在のコード・スケール理論では「スパニッシュ・8ノート・スケール」と呼ばれる。
 メジャー・スケールが以下のように変化したものである。

(1) メジャー・スケールを長三度から並べる( F メジャースケールの M3 から並べる → A フリジアン・スケール
  Tonic(※1)- m2 - m3 - P4 - P5 - m6 - m7 (Key in A: A - B♭- C - D - E - F - G )
    ↓
(2) m3 → M3 に変化 A フリジアン・メジャー・スケール/A ヒジャーズ)(※2)
  Tonic - m2 - M3 - P4 - P5 - m6 - m7( A - B♭- C# - D - E - F - G )
    ↓
(3) フリジアンとフリジアン・メジャーが合体 A スパニッシュ・8ノート・スケール
  Tonic - m2 - m3 - M3 - P4 - P5 - m6 - m7( A - B♭- C - C# - D - E - F - G )

 (1)でメジャー・スケールを3度から並べた時に、ポピュラー理論におけるフリジアン・スケールでは、Tonicのコードはマイナーコードの Im(Am)もしくは Im7(Am7)なのだが、フラメンコではメジャー・コードの I(A)と考えることで、長調でも短調でもない独特の響きがもたらされるのである。
 Tonicをメジャー・コード化し(2)で短三度を長三度化(m3 → M3)することで、長調的な感じを持つフリジアン・メジャー・スケールとなり、(3)で再度短三度(m3)を加えることで、さらに短調的な感じも合わせ持った調性が不明瞭なスパニッシュ・8ノート・スケールとなる。

 西洋音楽で用いられる旋法は、「ド( I )を主音にする長調」と「ラ( VI )を主音にする短調」から成っているが、フラメンコはいわゆる「ミ( III )の旋法」と呼ばれる長調でも短調でもない独特の旋法により、あの寂しげなメランコリックな響きを醸し出すのである。一部のパロでは長調や短調も使用されるが(※3)、ソレア、シギリージャ、ブレリア、タンゴ等、大半のパロはこのあいまいな調性のミの旋法で成り立っている。ミの旋法はフラメンコだけでなく、地中海沿岸周辺(イスラム音楽やユダヤ音楽等)からインドまで広く用いられている。


※1.  ここでのトニックのコードは理論的には Im(Am)もしくは Im7(Am7)なのだが、フラメンコでは I(A)と考える。ヨーロッパの古典音楽や教会音楽で用いられていたピカルディ・サード Picardy third の影響なのだろうか。

遡って Fメジャー・スケールからの流れで説明すると、I - IIm - IIIm - IV - V - VIm - VIIm( F - Gm - Am - Bb - C - Dm - Em )→ IIIm - IV - V - VIm - VIIm - I - IIm( IIIから並べる:Am - Bb - C - Dm - Em - F - Gm )という流れで(1)へと繋がる。 なおスケールを説明するに当たっては、ギリシャ数字はコードを、英数字は単音をそれぞれ表すものとする

※2.  フリジアン・メジャー・スケール(アラブ音階のマカームのヒジャーズ Hijaz とも同等)は、ハーモニック・マイナーP5th・ビロウ・スケール、ユダヤ・スケール、スパニッシュ・ジプシー・スケール(長調)、フリジアン・ドミナント・スケール(長調)とも呼ばれている。本項目のみ「フリジアン・メジャー・スケール」と記述し、以降はポピュラー理論で多用される「ハーモニック・マイナーP5th・ビロウ・スケール」に統一させていただく。

※3.  長調はアレグリアス、グアヒーラス、ガロティン等、短調はファルーカ、カンパニジェーロス等。



●フラメンコの調性

 フラメンコは以下の二種類の調性が軸になっている。

名称 内容 スケール アンダルシア終止形
ポル・メディオ
por medio
Aを基音にしたスケール A フリジアン
A スパニッシュ・8ノート
Dm → C → B♭ → A
(調性上:Key in Dm)
ポル・アリーバ
por arriba
Eを基音にしたスケール E フリジアン
E スパニッシュ・8ノート
Am → G → F → E
(調性上:Key in Am)

 ギター演奏的には、ポル・メディオは5弦開放A音ポル・アリーバは6弦開放E音からそれぞれ始まるスケールと考えた方が分かりやすい。
 カポタストを使用して調性を変える(ラモン・モントーヤがアントニオ・チャコンのカンテのトケで始めたらしい)ことで調性の名称は変化するが、難しく考えずに、カポタストのフレットを0フレットとして、ポル・メディオなのかポル・アリーバなのかと考える方がシンプルである(例:2カポのポル・メディオは、7カポのポル・アリーバと同じ調)。

 参考までに調性の変化による名称を以下に列記しておく。

名称 内容 スケール アンダルシア終止形
ポル・グラナイーナ
por granaina
Bを基音にしたスケール
(2カポのポル・メディオと同等)
B フリジアン
B スパニッシュ・8ノート
Em → D → C → B
(調性上:Key in Em)
ポル・レバンテ
por levante
(※)
F#を基音にしたスケール
(2カポのポル・アリーバと同等)
F# フリジアン
F# スパニッシュ・8ノート
Bm → A → G → F#
(調性上:Key in Bm)
ポル・ミネラ
por minera
G#を基音にしたスケール
(4カポのポル・アリーバと同等)
G# フリジアン
G# スパニッシュ・8ノート
C#m - B - A - G#
(調性上:Key in C#m)
ポル・ロンデーニャ
por rondena
C#を基音にしたスケール
(変則チューニングによる)
C# フリジアン
C# スパニッシュ・8ノート
F#m - E - D - C#
(調性上:Key in F#m)
※ ポル・タランタ por taranta とも言われる。



●スパニッシュ・8ノート・スケール

 前述したとおり、フラメンコで多用されるコード・スケールは、フリジアン・スケールを原型として発展したスパニッシュ・8ノート・スケールである。
 後章の「調性でなくモード(旋法)で考えるフラメンコという民俗音楽」で述べるように、厳密に言えば、フリジアン・スケールとスパニッシュ・8ノート・スケールは、ポピュラー音楽理論から見れば性格が異なるコード・スケールであるのだが、プーロなフラメンコでは深く考えずに、「フリジアン・スケールに M3 を付け足したスケール」とシンプルに考える方がよい。
 そもそもフラメンコを始めとするスペイン音楽で使われるフリジアン・スケールも、厳密にはポピュラー音楽理論のフリジアン・スケールとは解釈が異なる点があるので、スパニッシュ・フリジアン・スケールとでも言った方が良さそうでもあるが、混乱を生じかねないので従来の名称で通すことにする。

Por Medio
Por Arriba

スパニッシュ・8ノート・スケール
構成音 Tonic m2 m3 M3 P4 P5 m6 m7
テンション   ♭9 #9       ♭13  
por medio A A#(B♭) C C#(D♭) D E F G
por arriba E F G G#(A♭) A B C D

● アボイド・ノート、コード・トーンについては、フラメンコではさほど重要な要素ではないと思われるため、次回の応用編で説明したい。

【基礎編備考】
(1) dim5の使用:オルタード・テンションで統一されているという点では、理論的にオルタード・ドミナント・スケールとの共通性が見られるため、P5の代わりにdim5を使用する場合がある。(例:ポル・メディオでの4弦1フレット、2弦4フレットなど)
(2) M7の使用:シギリージャスなどで経過音以上の重要な音で使用される M7 は、スパニッシュ・8ノート・スケール外の音であるが、例えばポル・メディオのアンダルシア終止形( Dm → C → B♭→ A )においては B♭でフレーズが展開されていることから、B♭7( #11) の転回コードを分解したもの( T - M3 - P5 - m7 - #11 を転回 → m7 - T - #11/※ M3、P5はオミット)と考えられる。M7(A♭)は、B♭7 の m7 でもあることから、ジャズ的やブルース的な雰囲気を強調する解釈で用いられることもよくある。

ギター・コード譜参照:Bb_Tenkai



《補足》スパニッシュ・8ノート・スケールと音構成が似ているスケール

フリジアン・スケール
構成音 Tonic m2 m3 P4 P5 m6 m7
テンション   ♭9 #9 11   ♭13  
Key in A A A#(B♭) C D E F G
備考 スパニッシュ・8ノート・スケールから M3 を抜いたもの。

ハーモニック・マイナーP5th・ビロウ・スケール
構成音 Tonic m2 M3 P4 P5 m6 m7
テンション   ♭9       ♭13  
Key in A A A#(B♭) C#(D♭) D E F G
備考 スパニッシュ・8ノート・スケールから m3 を抜いたもの。
アラブのマカームのヒジャーズ Hijaz と同じ。
別名称 フリジアン・メジャー・スケール、ユダヤ・スケール、スパニッシュ・ジプシー・スケール(長調)、フリジアン・ドミナント(長調)

ダブル・ハーモニック・スケール
構成音 Tonic m2 M3 P4 P5 m6 M7
テンション   ♭9       ♭13  
Key in A A A#(B♭) C#(D♭) D E F G#(A♭)
備考 スパニッシュ・8ノート・スケールから m3 を抜き、m7をM7に変えたもの。ハーモニック・マイナーP5th・ビロウ・スケールのm7がM7になったもの。
アラブのマカームのシャナーズ Shahnaz と同じ。
別名称 アラビック・スケール

フリジアン・ドミナント・スケール(長調)
構成音 Tonic m2 M3 P4 P5 m6 m7
テンション   ♭9       ♭13  
Key in A A A#(B♭) C#(D♭) D E F G
備考 スパニッシュ・8ノート・スケールから m3 を抜いたもの。ハーモニック・マイナーP5th・ビロウ・スケールと同じ
別名称 スパニッシュ・ジプシー・スケール(長調)

フリジアン・ドミナント・スケール(短調)
構成音 Tonic m2 m3 P4 P5 m6 M7
テンション   ♭9 #9     ♭13  
Key in A A A#(B♭) C D E F G#(A♭)
備考 スパニッシュ・8ノート・スケールから M3 を抜き、m7をM7に変えたもの。フリジアン・スケールのm7がM7になったもの。
別名称 スパニッシュ・ジプシー・スケール(短調)




●調性でなくモード(旋法)で考えるフラメンコという民俗音楽

 フラメンコで使用されるスパニッシュ・8ノート・スケールや、その原型であるフリジアン・スケールは、長音階や3種の短音階による調性的な考え方 [tonality] を根拠とせずに、モードすなわち調性外の音組織に基づく考え方 [modal] を根拠とすることが重要である(※1)。
 例えばチャーチ・モードにおけるフリジアン・スケールのアボイド・ノートは m2、m6 であるが(m6 は特殊なケースとして使用は可能)、フラメンコで用いるトニック・コード [ T - m2 - M3 - P5 ] では、このアボイド・ノートの m2 が重要な特性音 Character Tone として使用されるところに、独特のモーダルな雰囲気が出てくるのである(※2)。
 このようにモードに基づく考え方をすることで、通常のコード・スケールのアボイド・ノートがメロディ・ノートとして、また時にはコード・サウンドとして活用されるため、モードでの使用音の制約はなく、スケール構成音のすべてが使用できるのである。その結果、長調、短調に基づく調性音楽の枠からの開放や、複雑なコード進行の細分化によるインプロビゼーションの制約からの解放など、より自由なアドリブを含むメロディ・ラインの展開が得られるようになっている(※3)。

【補足】フリジアン・モードについて
 マイナー・モードに分類されるフリジアン・モードはフリジアン・スケールを根拠としたモードで、短2度(m2)を特性音とし、短2度はメロディ・ラインでの下行導音としてトニックに結びつく。
 代表的な終止形は♭II → Im であるが、♭II - I のようなメジャー・コードへの終止を構成する場合もある(まさにフラメンコがこれに該当する)。
 ♭III →♭II → I のような一連の終止形でのすべての構成音をスケールとして配置すると、スパニッシュ・8ノート・スケールとなり(※4)、この種の終止形とスパニッシュ・モードとの関連性が伺われる。


※1.  巨匠マノロ・サンルーカルも、アンダルシア終止形を調性上( Im → bVII → bVI → V )ではなく、フリジアン・モードで構築する( IVm → bIII → bII → I )という考え方をしていた。基本的にフラメンコはモードに基づく考え方が重要なのだが、ポピュラー音楽の中にフラメンコ的な要素を入れるという場合においては、調性による考え方が必要になるため、各種コード・スケールの性格や用途の違いはしっかり把握しておく必要があろう。

※2.  ギター・コード譜参照:TAB_Tonic
理論上ではメジャーコードでは ♭9 のテンションは不可なので A(♭9) や E(♭9) とは呼べず、調性上のドミナント7thコードとして機能している A7(♭9) や E7(♭9) が、モード上で 7th を省略したトニック・コードに変化したとしか言えなさそうである。フラメンコのトニックは 7th ではないので、深く考えずに「こういう形なのだ」と受け入れるしかない。フラメンコのコードは他にも転回形や省略形が多く使われるが、理論的に考えずに「こういう形なのだ」と素直に受け入れる方が悩まずに済む。次章「フラメンコのギター・コードについて」も参考頂きたい。

※3.  フラメンコも民俗音楽である性格上、モードや調性の考え方だけでは説明出来ないことも色々ありそうである。
例えば、フリジアン・スケールは、チャーチ・モードのスケール(長調の IIIm7 )であり、スパニッシュ・8ノート・スケールはドミナント7th系のスケール(短調の V7 )という性格の違いがあるのだが、フラメンコにおいてはその相違を深く考えずに「フリジアン・スケールに M3 を付け足したスケール」と、シンプルな考え方でスパニッシュ・8ノート・スケールを捉えているようである。
また特性音(各モードをはっきりと識別させる音)において、フリジアン・スケールは m2、スパニッシュ・8ノート・スケールは m7(ドミナント7th系であることから推測)であるが、フラメンコにおいてはスパニッシュ・8ノート・スケールも m2 と考えた方が、フリジアン・スケールとの相関関係を見れば明らかである。
畢竟理論とは後から付いてくるものであり、民族が生み出す音楽は理論を超えた切実な感情から生まれるのである。

※4.  例えば E フリジアンの G → F → E というアンダルシア終止形において、各コードの構成音、Gコード( G - B - D )、Fコード( F - A - C )、Eコード( E - #G -B )の構成音をすべて列記すると、( E - F - G# - G - A - B - C - D )となり、E スパニッシュ・8ノート・スケールとなる。
   



●フラメンコのギター・コードについて

 フラメンコで使われるコードは、ポピュラー音楽では馴染みのない特殊な押さえ方をするものが多くあるのだが、アンダルシア終止形( IVm →♭III →♭II → I )(※1)のコード進行に照らし合わせてみると、対応する各コードの転回形(※2)を用いていることが分かる。必ずしも低音弦にルート音が入っている必要はなく、M3、P5、M6、m7 などの音が低音弦でも大胆に使用されていて、独特な響きを醸し出しているのである。

 各種パロ(ブレリア、タンゴ、ソレア、シギリージャスなど)の基本的なコード進行、およびギター・コードはわざわざ説明するまでもないと思うので、今回はパロを問わず頻繁に出てくる特徴的なギター・コードの一部を列記したい(ポル・メディオのみ)。なおラスゲアードの場合には6弦は省略可能である。
 これらのコード名称まで覚える必要はないと思うが、転回後の和音構成をチェックするだけでも、新しいコードを作るのに役立つであろう。フラメンコにもブルース的なフィーリングを感じるのは、7thコードが多用されていることからも伺い知ることが出来る。

Flamenco Guitar Chord

※1.  ポル・メディオ:Dm → C → Bb → A/ポル・アリーバ:Am → G → F → E。なお調性的な考え方から見れば Key in Dm/Am となり、実際のコード進行は自然的短音階(ナチュラル・マイナー・スケール)の Im → bVII → bVI → V となるのだが、ここではモード(旋法)で考えているため Key in E or A で捉えることにする。

モードにおけるアンダルシア終止形( IVm →♭III →♭II → I )の各コードの機能は( IV:サブドミナント・コード、♭III:メディアント(第3音)・コード、♭II :ナポリタン6th・コード、I:トニック )である。
♭II は V へ解決するナポリタン6th・コード(ナポリの六の和音)、すなわちトニックの短二度上(半音上)の音で構成される長和音であり、♭II(on IV) または IVm+5 とも表記される。例えばポル・メディオにおいては、トニック(A)の構成音(A - E - D♭)を半音上げた(B♭- F - D)となり、♭II (B♭)の構成和音と等しい。
このナポリタン6th・コードはサブドミナントの機能を持ち、特に短調において II の代理和音として使用されることが多く、さらに(1)根音の短七度上(m7)の音を追加した場合(♭II7)は、V7 と同じ M3と m7 のトライトーン(全三音)を持つため、ドミナントの機能を持つ V7 のトライトーン・サブスティテューション(裏コード)となり(同じ理由で VIIm7(♭5)、VIIdim も裏コードになるが、使用頻度は低い)、(2)根音の長七度上(M7)の音を追加した場合(♭IIM7)は、トニックやサブドミナント・マイナーの機能を持つ。上のコード一覧表の中では、B♭6 に ♭A音を足したB♭7(13) が(1)トライトーン・サブスティテューションの性格を持つことになるが、フラメンコでは当然そこまで難しく考えなくてもよい。
さらに上記の理論を展開させると、♭II7 と V7 の関係は、ドミナント終止への応用やサブドミナント~ドミナント進行への応用というドミナント・モーションの発展型として使用されるのだが、横道に逸れてしまうので以上に留めておく。

※2.  ここで言うところの転回形とは、音楽理論で用いられる 第一転回形~第四転回形 のように一定の法則の中で和音配列が決まっている転回ではなく、ギターのフレット上で表現可能なフォームとして確立されたものである。

※3.  C/D というポリコードとも言える(厳密に言えば Cコードは omit3 になる。Cコード: C - G、Dコード: D - A - F# )。表組のこれらのコード名称を覚えたところであまり意味はなく、アンダルシア終止形の進行の中で把握できれば良いし、色々な楽曲を練習していく中で自然に身についていくものである。

※4.  コード進行によっては C7sus4(onD) と考えた方がしっくりくる時がある(例えば D7add11 → Csus4(onD) → Bb7(13) → A )。T - P4 - P5 - m7 の転回形に I のルート音を載せたもの。
調性上(Key in Dm)でこのコードをシンプルに Gm7 と考えた場合は、サブドミナント・コード(IVm7)となり、代理コードとして、Em7(♭5)(IIm7(♭5))、B♭(♭VI)、C7(♭VII7)、E♭M7(♭IIM7)が用いられる。

※5.  一見するとGm7 → Gm7 (on A♭) のようなルート音の半音進行に思えてしまうが、これもアンダルシア終止形に照らし合わせるとB♭のコードであり、M6 → m7 の半音進行となる。※1のナポリタン6th・コードのところでも触れたが、ポピュラー音楽理論的にはB♭7(13) はトライトーン・サブスティテューション(裏コード)の性格を持つ。

※6.  理論上は 7th のコードに #11th のテンションを乗せることは間違いではないのだが、P5(F)と♭5(E)が混在して不安定な響きになるため、通常はP5をオミットして使用する。まぁフラメンコの場合は、雰囲気でこのまま一弦開放まで鳴らしてしまっても良いのかもしれない。




次回は「フラメンコのコード・スケール理論【応用編】」です




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