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The-Heart-of-Hindu03

 シバリンガ(女性器の象徴ヨーニと、男性器の象徴リンガが結合している状態の神体)に熱心に祈る信者たちを背景に、読経のシーンが始まる。インドではマントラやギーターをごちゃ混ぜにしたコピー経典が多く流通しているようなので、彼が読経している経典は特定ができなかったが、ヒンドゥ教にはサンヒターやブラーフマナ、アーラニヤカ、ウパニシャッドなど、バラモン教の時代以前から伝わってきた歴史あるヴェーダ聖典が色々ある。リンガ信仰は子孫繁栄や生産力、豊饒、さらに宇宙を創造する活動力をもたらすとされ、本来は土着信仰であったものをヒンドゥ教に取り入れられ、創造や破壊を司るシバ神や、シバ神の持つ力の象徴とされた。
 
 信者の力強く明朗な読経にしばらく耳を傾けてみると、まるで良質の音楽を聴いているかのような心地よいゆらぎに包まれる。聴き手からしてそうなのだから、読経している本人はさらに心地よい境地なのだろう。
 ひとつの考え方として、経典はその意味が分からずに読んだ方が心地よいゆらぎが出やすいという。例えばサンスクリット経典の訳経において、鳩摩羅什と玄奘三蔵の訳を比較してみると、鳩摩羅什の旧訳は言葉そのものの意味よりも中国語の音韻に対する配慮がなされていて、音として心地よいリズムが出て読み易いとされている。一方の玄奘三蔵の訳は、原著の意味に正確であるあまりに音韻への配慮が少し足りないと言われている。「韻」を踏んだ文字を「暗記」して読むことでリズムが感じられるようになり、それが左脳ではなく右脳で処理されることでアルファ波が出て心地よさが生まれる。この心地よさが「響き」となり、安らかな心身状態をもたらす。そしてこの体内の響きが外部とのコミュニケーションで共振した時、そこに「慈愛」が発現するのだという。
 経典だけでなく唄を唄う場合でも、ハミングの方がアルファ波が出やすいと言う。歌詞を追いながら唄うと意味を考えてしまいがちで、気持ち良さの具合が薄れるようだ。
 私自身も幼少の頃、敬虔な仏教徒である父親の横で経典を読経をするのが楽しみのひとつだった。もちろん意味も分からずに南無妙法蓮華経を唱えていたに過ぎないのだが、子どもながらにそのリズムの心地よさを感じていたのだろう。この幼児期の原体験が、その後ジャンルに拘らずに音楽を嗜好するきっかけにもなったのかもしれない。今でも私は音楽の歌詞の意味をなぞるよりも、メロディやリズムそのものに溶け込むような聴き方が好きなようだ。

 仏教におけるダーラニー(陀羅尼)は貝葉(ばいよう。植物の葉に描かれた経典)のサンスクリット語原文を漢字に音写したものであり、例えば般若心経の最後の部分「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経」では、ことばの意味を理解するより暗記して繰り返し唱えることで、無念無想の境地に至ることを目的としている。この部分(さらには般若心経自体)は呪文となっており、サンスクリット語原文でも正確な意味は分かっておらず(一説には、此岸から彼岸へと渡った者の祝福のことばとされる)、貝葉と玄奘三蔵の漢訳を比べても結構な違いがあるようだ(参考サイト:貝葉に見る般若心経の秘密)。さらに経典の冒頭の「度一切苦厄」(すべての苦しみや災厄を克服した)に相当する文章は原典にはなく、玄奘三蔵が付け加えたものである。意味が分からないまま呪文として切実に唱えることによって「空」を体感し、般若波羅密(智慧の完成)すなわち仏のものさしを知るのである。
 ダーラニーは「ア」「ウ」「オ」の三母音にアクセントがかかるように作ってあり、「ア」は人の気持ちを明るくし、「ウ」は人の思考を促し、「オ」は目に見えない物を信じる力を養う偉大な音(オームもそうだね)であるという。インドの経典の音韻に対する配慮が伺える。
 またインドの経典は現在完了形で書かれているという。「~でありますように」という願望で祈るよりも、「~した」という現在完了形で完結させるほうが、大脳皮質が反応し易くなり実際に効力があるそうだ。上記の般若心経でも「薩婆訶」(そわか)は「成就した」と現在完了形で書かれてある。

 そもそも読経(後のチャピター06でも触れるが、さらに瞑想も)することは、過去や未来という時間を断ち切って「今」だけを味わうためになされる。「今」に居続ける。自分がほどける。「私」の輪郭が薄まる。仏教や禅でも重要とされているこのニュートラルな状態こそが、苦しみが滅尽された境地なのである。


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