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The-Heart-of-Hindu07

 ヒンドゥ教における沐浴は、人を宗教的に浄化し、罪を洗い清めて功徳を得るものだと信じられている。

 インドの聖なる沐浴地としてはバラナシが有名だが、ここハリドワールでは、メインガートのハリ・キ・パウリー Hari Ki Pauri や、その周辺のガート(川岸の階段)で沐浴を堪能することができる。ハリ・キ・パウリーは、<シバ神>を示す "Har" や、<ビシュヌ神>を示す "Hari"、英語の of に相当する "ki"、<足跡>を示す "paudi" から、「神の足跡」という意味を持つ。古いヴェーダ時代に、この地の神聖なブラフマクンド・ガート Brahmakund にシバ神とビシュヌ神が現れ、ビシュヌ神が石の壁に足跡を残したという伝承から、このハリ・キ・パウリーの名が付けられたとされている。

 沐浴の方法は人それぞれだが、女性は沐浴用の服に着替え、男性は水着や下着のままで水に浸かっている人を多く見かけた。老若男女問わず、みながこの清めの儀式に熱中している光景は感動を誘う。トランス状態に陥りヒステリックな叫び声を上げて失神寸前の女性や、大勢の側近を従えて荘厳に沐浴する大物聖者など、非日常的な光景にも度々出くわした。
 うだるような暑さとは裏腹に、河の水温は予想以上に低く、一分も足を浸しているだけでキンキンに冷えてしまう。この刺すような冷たさが浄化を精神的にも増幅させているのだろう。水流もかなり速く、岸のあちこちにはポリス用の救命ゴムボートが配備されていた。ちなみに、私も撮影中に足を滑らせて河に落ちてしまった。幸いながら浸ったのは腰上までで、撮影機材が水没しなかったのがせめてもの救いだった。
 ハリ・キ・パウリーでは、毎日夕方に行われる幻想的なアラティ(礼拝)が感動的に美しく、滞在中に何度も通っていたのだが、立っているだけでメガホンで「座れ!」と怒鳴られるほど係員の眼が厳しかったため、撮影は全く出来なかった。橋上からのショットもすぐに警察官から注意されてしまう。撮影は難しかったが、それでもこの夕方のアラティを観る価値は充分にあると思った。どうしても撮影をしたければ、早い時間に行って一番前の席を確保するか、メディア用のパーミッションを取得して、観客席の後方にある特設のやぐらから撮ることをオススメする。メディアセンターは河の対岸の先にあるようだ。

 沐浴している人々のシーケンスの背後で使用しているマントラは “Hara Hara Mahadeva Shambo”。ハリ・キ・パウリーの対岸のサドゥのテントを取材中に、いきなり乱入してきた聖者くずれの放浪民によるマントラである。渋い声がなかなか魅力的ではないか。なお彼の別のパフォーマンスは、本DVDの特典映像「放浪民のリンガ芸」で堪能できるので是非ご覧いただきたい。
 さてこのマントラだが、Kashi という単語からどうやらバラナシのことを唄っているようであり、さらに Om Ma Ganga(母なるガンガーよ)以降は、別のマントラのようである。オリジナルが存在するのか彼の即興なのかは不明だが、ガンガーを讃えるこの部分が気に入ったので、このハリドワールでの沐浴風景の背景に使ってみた。ちなみにクンブメーラとは「沐浴の大祭」を意味する。

 最後に唱えるのは「ナモー・ナラヤーナ」Namo Narayanaya(万物の主に帰依します)。Namo(Namas の後に “n” が続く場合、サンディ規則により Namo となる)はマントラでよく使われる言葉で、神の御名の前にあるときは「~神に帰依します」という意味となる。仏教では<南無>と音訳されて馴染みのある言葉である。ナーラはサンスクリット語で<水>、アヤナは<住居>を示すので、直訳すれば「水に住まわすナーラーヤナ神に帰依します」となるのだが、ナーラーヤナ神はビシュヌ神の化身であること、はたまたブラフマン神としても捉えられることもあるため、ここでは「万物の主」という対訳にしてみた。ナーラーヤナ神は日本ではナラエンテン(那羅延天)という仏教の神とされている。
 ちなみに Namo や Namas の目的語は必ず与格となる。よって Narayanah(主格)は Narayanaya(与格)となる。


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