上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

The-Heart-of-Hindu12

 ラーマ王子の妻シータ姫を意味するシータラムは、サドゥとは別のグループに属するビシュヌ系の放浪民である。彼はリシケシュのマハリシ・マヘシュ・ヨギ・アシュラムの近くの川岸でテント暮らしをしており、マハリシのアシュラムでのガイドの仕事を生業としている。ちなみに「シータラーマ」の方が一般的な言い方のようだが、現地で実際に多く耳にした「シータラム」表記を採らせて頂くことにした。Ganesha → Ganesh のように、ヒンディ語ではサンスクリット語の末尾の母音が省略されることがある。

 マハリシ・アシュラムでの撮影を済ませての帰り道、河岸にぽつりと建っていた黒ビニール製のテントの前にサドゥらしき老人が佇んでいるのをふと見かけたので、興味本位で近づいてみた。小屋の中に導かれ、埃っぽい絨毯の上に腰を下ろす。名前を尋ねると「オレの名はグルだ!」と意味不明の返事。ちょっとヤバい人に当たったかなぁと不安になる。さらにいきなり鎌を眼の前で振りかざし「こうやって客を脅す奴がいるけど、オレは心配ないよ」と・・・。あぁやっぱりちょっとマズかったかなぁと軽く後悔。
 巻貝を素っ頓狂な音で鳴らし、「歯がほとんど抜けてしまったから、変な音しか出ないんだよ・・・」と照れ笑いをする。屈託のない笑顔を見たら、だんだんとこの老人に興味が湧き始め、礼拝や数珠を使ったジャパ・ヨガの光景、チャイを作る光景など、色々と撮影させてもらうことにした。間近で聞こえるガンガーの水音も心地よく響いて、平和なひとときだ。

 本作品の編集では、彼を寡黙な印象に仕立ててみたのだが、実際はかなりの饒舌家。寂しかったのか、一人で勝手に喋りまくっていた。そのうち「この前来た観光客は、オレがこんなボロ家に住んでいるってんで、五百ルピーとか千ルピーとか気前よくバクシーシしてくれたんだよなぁ」と、明らかに勝手に高額のバクシーシを期待し始めて上機嫌になっている始末。まいったなぁ、こりゃ後で揉めそうだなぁと不安が過るが、構わずに平静を装い(まぁ喧嘩になっても負けることはないだろうし)、気持ち程度のバクシーシを残して帰ろうとした時、老人が「千ルピー置いてけ!」と案の上烈火の如く怒り出した。予想通りの展開(苦笑)。
 「失望したよ。あんた偽物聖者なのか?」「他の聖者はもっと紳士だったぜ」と、こちらも煽るように応戦。結局すったもんだを繰り返して、こちらが最初に差し出した金すら受け取らないほど相手が意固地になってきたので、後味の悪いままテントを後にするしかなかった。

 その直後、近くの広場で暮らしている放浪民たちと撮影セッションを楽しんでいたら、さきほど揉めたシータラムがツカツカとやって来て(やっぱり寂しいのか?)、「く~ぅく~ぅぺう」「あふぅ~」と意味不明のことばを言い始めた。おそらく日本語で「くるくるパァ~」「アホー」と言いたかったのだろう。その子供じみた所作に思わず吹き出しそうになるものの、必死で堪え、怒った振りをして大声で一言「チェロ!」(失せろ)と一喝。老人は何やらモゴモゴと捨て台詞を吐きながら、その場を立ち去っていった。
 なんだかよく分からないシータラムのテント滞在となってしまったが、でもこの老人はどこか憎めない。彼のこころは子どものように純粋無垢だったのだ。


| HOME |


Design by mi104c.
Copyright © 2017 spruce & bamboo. All rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。