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The-Heart-of-Hindu19

 リシケシュのラクシュマンジュラに滞在中、同じゲストハウスで出会ったモンゴル人女性のサラに誘われて、聖者シュリ・シュリ・ラヴィ・シャンカール Sri Sri Ravi Shankar(有名なシタール奏者とは別人)の講演に参加させていただくことになった。ラムジュラからさらに五キロほど南下して、会場となっているスワミ・スワッタントラナンド・アシュラム Swami Swatantranand Ashram まで乗り合いリクシャーを飛ばす。近所にはシャンカールの宿泊している施設があり、彼を一目見ようと大勢の人々が路地一体に群がっていて、その光景はさながらポップスターを熱狂的に愛するかの如くだった。

 夜の開演まで時間があったので、まずは腹ごしらえ。千人は優に収容できそうな大きなホールでベジタリアンのターリーを食す。町中の食堂で食べるものよりも味が良い。「炊事班の女性たちが、唄を唄いながら作っているからね」とサラが言う。楽しそうに料理の下ごしらえしている光景を事前に見ていただけに、大いに納得。
 気がつくと回りのインド人はみな沈黙して厳かに食事をしている。「ことばを発さない」修行をしているそうだ。マノージギリの瞑想の時と同様「ことばを発さない状態こそが、人として完全なのだ」と、この時も感じさせられた。

 食事後に会場に向かう。学校の体育館くらいはあろう大きな建物だ。樹々に彩られた無数の電飾が美しく光っている。靴を脱いで中に入ると、サラは客席をずんずんと越えて、楽士たちの演奏スペースのすぐ後ろの席を陣取る。ラヴィ・シャンカールのステージからわずか五メートルくらいの近距離だ。今日の講演はどうやらインド人向けのようで、外国人は優先的にこの最前列に座る事ができるらしい。
 やがて三々五々、市井のインド人たちが会場内に集まってきた。さすがに物音でザワついているものの、相変わらず話し声は皆無である。一九時頃には会場は人で一杯に埋め尽くされていた。入りきれない人たちが窓から中を伺っているほどの大混雑ぶりだ。やがて楽士たちがやってきて、全員で厳かに「オーム」を唱えたあとにバジャンが始まった。バジャン Bhajan とは宗教歌の種類のひとつで、形態は特に問わないが、神の御名を繰り返すシンプルな歌詞(マントラ)を、観客とコール・アンド・レスポンスで掛け合いながら唄い、大いなる宗教的恍惚感を得る宗教音楽である。シーク教徒や仏教徒が楽器を使って行う宗教歌を キールタン Kirtan と呼ぶらしいが、バジャンとの明確な違いはよく分からない。現地の人もこの二つを厳密に使い分けているような感じではなかった。詳細は英語版ウィキペディアをご参照頂きたい(Wikipedia: BhajanWikipedia: Kirtan)。

 それまで寡黙だった人たちが、楽士たちの演奏に合わせて一気に歌を歌い始めるや否や、会場に大きなうねりが出始めてきた。勝手がよく分らないため、最初は楽士の後ろで大人しくしてこの光景を眺めていたのだが、スタッフの舞台ディレクターから自由に撮影してもよいとの許可をもらってからは、会場内をあちこち動き回って録り始めた。タブラやドーラクの激しい打楽器のリズムも相まって、会場はだんだんと熱気が籠ってきて、なんともただ事ではない雰囲気に・・・。
 シバ神とその妃パールヴァティー神を讃えるバジャン “Bhole Ki Jai Jai”(偉大なる神)でそのうねりは頂点に達した。曲が進むにつれ、老若男女問わず皆が堪えきれずに立ち上がり、我も忘れんばかりに踊り狂い始める。対照的に瞑想している人も多く見かけ、同伴したサラも深い瞑想に入っている。あぁ...これこそがインド人の宗教的体験の神髄なのだ。自分も踊り出したい気持ちをグッと堪えて、冷静になって撮影に集中する。
 黒人霊歌のゴスペル、ブラック・アフリカの礼拝歌、モロッコのグナワ、パキスタンのカッワーリ等、コール・アンド・レスポンスで宗教的な一体感を得る音楽は世界中で多く見受けられるが、今回のバジャンはそれらを凌駕していると思える程、パワフルでエキサティングで感動的なセッションだった。「ヒンドゥの本質は生きること、生きようとすることだ」という、インドの初代首相ネルーのことばそのものを感じ味わっている。

 この感動的な映像を録れたことを本当に嬉しく思う。ありがとうサラ。ありがとうヒンドゥの人たち。
 やがて穏やかな表情をしたシュリ・シュリ・ラヴィ・シャンカールが悠然と入場して、場内はさらに盛り上がりを見せる。でも私はこのバジャンだけで胸が一杯になった。



The-Heart-of-Hindu19b

 本編ではこのバジャンの最中に、市井の人々のたくさんのポートレイトを挿入したが、この聖者は特に印象が残っている。旅には不思議な出会いがあるものだ。

 ハリドワールでの撮影初日、ハリ・キ・パウリ近くの対岸で、近郊の村から礼拝にやってきた素朴な農夫、ハリラール・タージと出会った。彼と一緒にサドゥのテントを訪問したり、岸辺で歌を唄ったり、果物を食べたりして、一緒に楽しく時を過ごしていた。最後に彼の通うアシュラムに連れて行かれ、そこで出会ったのがこのシュリ・ラム・ゴーパル・マハラージ Sri Ram Gopal Maharaj というデリーの聖者だった。父親シュリ・ハリ・プラサッド・マハラージ Sri Hari Prasad Maharaj も大物聖者だったそうだ。
 ハリラールと一緒に謁見すると、グルがいきなり手持の札束を全額私の前にポンと差し出すではないか。応対に困っていると、ハリラールが「いいから受け取れ」と急かすようにアイコンタクト。突然の出来事に戸惑いながらも、この札束を恭しく頂いた。しかも札束だけでなく、インドでは滅多に見かけない高級感漂うお菓子の詰め合わせやら、彼の顔写真の入ったノートやらキーホルダーまでお土産に頂いてしまった。
 一日中付き添ってくれたお礼にと、グルから頂いた札束をそのままハリラールに手渡そうとしたが、彼は頑として受け取ろうとしない。お菓子の方は、滞在ホテルに戻ってからスタッフやハリラールとで分け合って食べたが、豪華にも金箔が施されていて、インドのお菓子とは思えないほど美味だった。
 グルから受け取った金はさすがに私欲のためには使えないので、後でリシケシュで出会った怪我の治療費の捻出に困っている老人に全額ドネイションした。グルもきっと旅人がそうすることを望んで私に金を託したのだと思うのだ。役目を果たす事が出来てやっと肩の荷が下りたと同時に、白隠の「因果一如」、道元の「修証一等」ということばがふと頭に過った。今行った行為の報いは、それと同時に受けているのだ。

 私が幼かったころの日本では、このような「助け合い」や「お互いさま」の精神はまだ残されていたように思うが、競争原理が支配してしまっている現在の日本では、こんな心温まる光景にも滅多に出会えなくなってきたように思う。インドの社会はカースト制度によって役割分担の考え方、すなわち布施を「する」側と「される」側のバランスで成り立っている。そういった側面から眺めれば、カースト制度も決して理不尽なものではないと思える。そしてスヴァ・ダルマ(己の本分)という教えにより、このカーストの枠組みの中で自分はどうやって「善く」生きて行くのかを知るのである。


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