
バンシダール・プロヒフ氏
Banshidal Purohif アマル・サガル門の北東の住宅地で可愛い孫や息子夫婦と共に暮らす。齢70代。肺と眼を患い、薄暗い四畳半ほどの部屋で療養生活をする。会話の最中にも多量のカプセル薬を服用し、軟膏を眼球に直接塗布する姿が痛々しかった。
「自分はもう長くは生きられないだろう」。会話は病気のことから、アメリカに対する恨み節へと続く。世界大戦のこと、ベトナム戦争のこと、そして最近のイラク戦争のこと。資本主義という一元論を振りかざし、世界の警察を自認し力でねじ伏せるアメリカのやり方は、宗教国家であるこのインドやイスラム社会では迎合されることはないだろう。世界は本当に複雑かつ断絶していることを改めて実感した。
「日本は良い国だ。原爆を経験して戦争の痛みが分かっている」。そう呟くバンシダール氏に対し、ぼくは何も言えなかった。日本は大戦後に朝鮮戦争やベトナム戦争を踏み台にして経済大国にのし上がってきたのもまた真実なのだ。歴史認識は残酷なほどに多様性を持つ。平和ボケせずに世界の現状を受け止め、自分に何が出来るのかを逆説的に激しく問われた気がした。でもぼくは悲しいほど無力である。
写真撮影のため彼にポーズを取ってもらう。「私もカメラが好きだったのだよ。モノクロフィルムの時代だったがね。それで私の家族の写真も撮ってくれないか」。
暇を告げ外に出ると、帰り道にコカ・コーラの赤い看板。世界のどこに行ってもアメリカのイコンから逃れることは出来ない。
帰国後すぐに紙焼きを送った。無事に届いただろうか。
2007/05/02
旅:インド ラジャスタン
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