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roma bookcover

(画像:装丁はイメージです。実際に販売されてはいません)


 今年春のインド・ラジャスタン地方の旅から戻ってからは、ロマ(ジプシー)に関する資料を集め整理する日々を送っている。今後のブログでは「私説ロマ」というカテゴリーを設けて、情報収集する中で気に留めたことを、自分になりにまとめてみたいと思う。なお、私は組織に属する研究者にあらず、詳細な点で通説とされる見解と矛盾した箇所も出てくるかもしれないが、それも含めてこれからの課題とし、以降の映像制作に役立つことを期待したい。

 さて本私説においては、彼らを最近の主流である「ロマ」と表記することにした。「ジプシー」は世界的に差別的な表現とされていること、「ロマ」という言葉の響きに将来性を感じること、そして自分が英語でコミュニケーションをする際にも「ロマ」を優先すると思われることから、今回はこのような形で進めることにした。
 しかし言葉を置き換えることは、裏を返せば問題の本質を隠蔽させ、より差別的な面を増幅させることにもなりかねず、手放しで「ロマ」を使うことにためらいがないわけではない。「ジプシー 歴史・社会・文化(平凡社)」の著者、水谷驍氏が『ジプシーという単語を、ロマと機械的に置き換えるのが政治的に正しいという考えは間違っている』と指摘しているように、「ロマ」なのか「ジプシー」なのかは、これからも考えていかなければならない問題だと思う。
 そもそも「ジプシー」は日本人にとって馴染みが深く、その言葉の響きからは漂泊者の情感や音楽的な哀愁を想起させ、クリエイティヴな表現においてはこちらの方がしっくりくる場合もある。「ロマ音楽」とするよりも「ジプシー音楽」の方に、特別な感情を抱く人が多いのではないだろうか。
 以降は基本的に「ロマ」を使用し、より彼らの音楽の本質や感情面を表現するときには「ジプシー」を使用することも考えたい。


「私説ロマ・インド編」に関する注意事項、および参考・引用文献を以下に記します。

【注意事項】
●「私説ロマ・インド編」は、ロマのルーツとしてのインドを、音楽や芸能的側面から自分なりの解釈で探索するものであり、歴史学、政治学、社会学、言語学等の学問的側面はその記述が必要な場合、文献等からの参考や引用で補うものとします。
●「私説ロマ・インド編」は、映像作品制作においてのノートを作る目的を第一とし、一般に向けての研究レポートではありません。文献による参考や引用の他にも、経験等に基づく個人的な感性や直感による推論もあります。本ブログの内容において第三者が損害を被った場合、当方はいかなる責任も負わないことを予めご了承ください。
● 引用記述のない画像データの著作権は当方にあります。Copyright(c) Minoru Koide. All Rights Reserved. 

【参考・引用文献】
● 参考・引用文献 1:コイデ書庫 - ロマ&漂泊民
● 参考・引用文献 2:コイデ書庫 - 民族音楽
● 参考・引用URL:The Patrin Web Journal : Romani Culture and History
※ 上記のカテゴリーに属さないものがある場合、ブログ本文末尾に列記するものとします。



















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