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Kalbelya on movie

(画像:トニー・ガトリフ監督作品「ラッチョ・ドローム」より。妖艶に踊るカルベリア。アフガニスタン出身の歌手スワ・デヴィ・カルベリアが、この映画でカルベリア役を演じていた。「シルクロードの十字路」とも呼ばれるアフガニスタンは、東南部はインド音楽文化圏、西部と東北部はペルシア系音楽文化圏に属する)



 インドのラジャスタン地方には現在二四〇近い部族が暮らしているが、ロマの音楽起源という観点においては、特にジョーギーとそのサブカーストであるカルベリアに注目している(その他の重要な音楽芸能集団についてはブログ過去記事をご参照ください。『manganiyar, rajasthan folk』メイキング編(1)。今回から二回に渡って、このカルベリアとインド国内の舞踊との関連性、そしてフラメンコとの関連性について私説を交えて論じてみたい。

 カルベリア Kalbelya, Kalberia はラジャスタン地方の民俗舞踊(※1)の一つである。古典舞踊(※2)が、「ナーティヤ・シャーストラ」NatyaSastra などの理論書を大きな基盤としているのに対し、民俗舞踊は理論にとらわれない土着的な踊りをその特徴とする。

 ジョーギーのサブカーストに属するカルベリアは、ラージプートを祖先と考えおり、激しい旋回とアクロバティックな踊りを特徴とする。その妖艶な舞いは雌の蛇が交尾する瞬間を表現しているとされ、踊り子たちは踊りの最中にトランス状態に陥り、自分の身体に蛇が宿ったと感じるといったトーテミズム的な側面を持つ(※3)。黒を基調とした民族衣装はエレガントで小さな鏡片を散りばめたアクセサリーと極彩色の刺繍が施されて実に美しい。激しい旋回を繰り返すとスカートの刺繍がまるで日本の独楽のように豊かな色彩に変わり、ファッション的にも魅力のある踊りである。通常二人一組で踊り、別の一組と交互に入れ代わりながら踊りは進行していく。ひとりで踊る場合もあるようだ。

 カルベリアに似ているラジャスタン地方の民俗舞踊にグーマー Ghommer がある。ビール族の踊りであり、ジャイプールの王室と密接な関係を持っていた。グーマーの名前の由来は女性のスカート、ガーグラ ghaghra から派生しており、カルベリアと同様に激しい回転の踊りを特徴とするが、カラフルな衣装を纏った踊り手が数人で輪になって優雅に色彩の美を表現し、時計回りないし反時計回りに踊るという点でカルベリアとは異なる。どことなく日本の盆踊りを思い出させる面もある。このグーマーを中東(特にトルコ)のベリーダンスと関連づける見方もあるようで、ロマの変遷と照らし合わせても興味深い(※4)。

 古典舞踊においても、インド北西のウッタル・プラデーシュ州のカタック Kathak(厳密にはその流派の中のジャイプール派)が速い旋回を特徴としており、カルベリアとの共通点を見い出せる。
 しかしそもそも古典舞踊は、神に捧げる踊りであり、純粋舞踊の「ヌリッタ」と、物語や情景、特定の神への思いや祈りなどを表現する「ヌリティヤ」の二つで構成され、日々の厳しい練習によってセンスや技術をどんどん研ぎ澄ませていくというストイックな側面も持つ。美しい衣装、速い旋回、バングル(足首に巻く真鍮の鈴の束)など、表層的には民俗舞踊との関連性は顕著に見えるが、古典舞踊の踊りの背後にある精神性、物語性、表現力は、神に近づくためにより高度に洗練されたものなのである(むろん古典舞踊もその発展の段階においては、民俗舞踊に影響された側面もあろう)。

 情感的なカルベリアの踊りをフラメンコのルーツとする見方もあり、トニー・ガトリフの映画「ラッチョ・ドローム」でも、ぞれぞれをジプシー音楽旅の始点・終点として美しく描かれていた。
 インド古典舞踊のカタックにおいても、激しく細かくステップを踏みながら、フレーズの終わりのサム(拍子の一拍目)で急にポーズを取って止まり、片手を前に片手を後ろに伸ばして美しい姿勢を見せるところは、実にフラメンコ的である。
 また多くのインド古典舞踊や民俗舞踊において、力強い足のステップを使うことや、手の動きで感情を表現するところは、それぞれフラメンコの「サパテアード」や「ブラセオ」を思い出させるし、バイラオーラ(フラメンコの女性の踊り手)のファルダ(スカート)が「ブエルタ(回転技法)」で華麗になびく様は、インド舞踊における旋回表現を思い出さずにはいられない。
 そしてバイラオーラの表現が最高潮に達したとき、彼女は踊りを意識する領域を飛び越え、一種のトランス状態に入ると言われるが、それはまさにカルベリアの体内に蛇が宿る瞬間の、突き抜けた領域すら思い出させる。
 さらに(下手の横好きだが)最近フラメンコ・ギターを弾き始めて感じたのは、右手のラスゲアードの手の動きは、バイラオーラのそれとまさに重なるということだ。演奏しながら踊っているかのような高揚感に包まれ、フラメンコの芸術性の完璧さを身をもって実感した。このラスゲアードの手の動きは、インド舞踊のそれによる感情表現にも通じているのではないかと思えてくる(※5)。

 ロマは十世紀から十一世紀前半にかけて、インドのラジャスタン地方から移動し始めたという説が有力視されている。古典舞踊のカタックは十一世紀から十二世紀のムガル王朝の時代に洗練され宮廷舞踊となったが、それ以前のまだ土着的要素が強かった初期のカタックや、グーマーやカルベリアなどの民俗舞踊がチャンポンになって、ロマによって西に運ばれていった可能性も考えられる。
 だがインド舞踊とフラメンコをそのまま直結して考えるのは、少々無理があるようにも思う。スペインの中世は、ウマイヤ朝の八世紀からレコンキスタ終焉の一四九二年、ナスル朝滅亡までの約八〇〇年間に渡って、アラブ世界に支配されてきた歴史があるのだ。フラメンコは、インドの源流でカタックやグーマー、カルベリアという原液を注がれ、アラブのフィルターを通して、十八世紀にアンダルシア地方の音楽とジプシー音楽が融合して完成されたとは言えないだろうか。


(次回予定『カルベリアとインド古典舞踊、そしてフラメンコ(2)』/毎週木曜更新)
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※1. ラジャスタン地方の民俗舞踊にはカルベリアの他に、グーマー Ghommer、テラ・タリ Terahtali、ファイア・ダンス Fire Dance、チャリー Chari、カスプトリ Kathputli、カッチ・ゴディKachi Ghodi などがある。

※2. バラタナティヤム Bharatanatyam、カタカリ Kathakali、カタック Kathak、マニプリ Manipuri の4つが、インドの四大古典舞踊とされている。

※3. インドの部族民の舞踊は、カルベリアのようにトーテミズムに基づいた動物の舞踊が目立つ。たとえば、オリッサ州のジュアング族やムンダ族には、熊の踊、クジャクの踊、ハトの踊、カメの踊、ブタの踊といった豊富な舞踊のレパートリーが見られる。

※4. トルコには、メフレヴィー派やベクタシュ派によるスーフィズム(イスラム神秘主義)の儀式で行われた「セマー」と呼ばれる旋回舞踊があり、またエジプトにも同じくスーフィズムによる「タンヌーラ」呼ばれる旋回舞踊があるが、インドの旋回舞踊との関連性は不明である。
「世界舞踊史(音楽之友社)」でクルト・ザックス Curt Sachs は旋回舞踊について、『豊饒の力が、彼から溢れ出るのではなく、彼を捉え、肉体的な限界を除き、意識を消し、そして神の心を注ぎ込む生殖力を待ち受けている。旋回舞踊は信仰的な踊りの最も純粋な形式なのである』としている。

※5. またフラメンコは、その苦しそうなうたい方、激しいリズムとダイナミクス(強弱法)から、しばしば日本の三味線音楽の「新内節」とも比較される。フラメンコでは、心変わりした女をなじる男心や、つかの間の愛におびえる傷つきやすい恋心をうたっており、新内では、道ならぬ恋ゆえの死出の旅や、愛のための自己犠牲を語っている。どちらも中心のテーマは「見果てぬ夢」であり、「満たされぬ愛」である。




詳細な論考に啓発されます。展開が待ち遠しく感じられます。

舞踊論一般に言えるかと思うのですが、その舞踊が創舞として立ち上がるときの、舞踊の自己創造の媒介的な要素として場所性あるいは場所の小宇宙生成性が問題とされていいはずではないかと考えております。また非近代的環境における日常の演舞においても場所性は少なからぬ影響力を持っていると考えます。その場所性を断ち切ってゆくかに見える現代舞踊もあれば、場所性が重要な舞踊もあるわけですが、この場所性についての視座も持って頂けると有り難いなと、外野から思っております。

私個人は環境や場所性(稽古場の場所性を含む)を重視して舞踊を理解するアプローチをとりたいと考えていますので、このような話をさせて頂きました。日本の場合、神社などにおいて舞台とする場所の場所性は強く働くにもかかわらず、踊り手の場所意識が希薄化し、創舞も近代化した身体による密度や連関性の低いものになっている印象があります。

カタックは宮廷での踊りとなっている印象ですが、石の床が理想なのか、踏み固められた大地が理想なのかといったところが気になっています。インド古典舞踊一般は、足による大地との接触を重視していますから裸足がほとんどと思うのですが、フラメンコあるいはカタック的民俗舞踊に裸足のときはあるのでしょうか?
【2007/07/19 22:00】 URL | 雲水 #8U/jmZAQ[ 編集]
コメントありがとうございます。「場所性」の件、恥ずかしながら全く盲点でした。舞踏家の方ならではの鋭い視点、大変参考になります。踊りに関しては傍観者の立場でしか語れない面もあって、なかなか核心に触れられずもどかしくもありますが、これも課題ですね。

カタックについては分からないのですが、初期のバイレ・フラメンコは裸足で踊っていたようです(長嶺ヤス子さんという舞踏家の方は、それを再現して現地でも絶賛されていました)。アンダルシアの農民と密接な関係の中で生まれた土着的な踊りなので、当時は裸足が自然だったのでしょうね。今書いていて気付いたのですが、この裸足で踊ることもフラメンコの東洋性を感じさせるものなんですね。深いですねぇ・・・。
【2007/07/20 21:45】 URL | こいで #-[ 編集]
繰り返し読ませて頂きながら、自分が舞踊の何を見ていなかったかを理解しようとしています。カタックの方やフラメンコの舞踊家の方も入って下さって、話がふくらむと誠に面白いでしょうね。流浪の踊り子ということでふと思い出したのですが、ゲーテの書いた「ヴィルヘルム・マイスター修業時代」の中に出てくる踊り子ミニヨンは、それとは書かれていなかったけれど、ロマということで書かれていたのではないかなと思いました。ミニヨンは「南の国が故郷だ」と言っているわけですが、それはロマの名の指そうとするROMAを意味していると考えることができると思ったのです。子供向けの本で読んだきりですが「君よ知るや南の国… 」という歌とろうそくの光の下の「卵の踊り」は、未だに不思議な印象を焼き付けています。こいでさんのお話は何かを呼び込みながら西へ向かいそうですね。
こちらに来られる方々のご参考にと、別の方の『ミニヨン ゲーテ「ヴィルヘルム・マイスター修業時代」より』のURLを入れておきます。ミニヨンの歌はやはり不思議です。歌う場所に定住している人の歌じゃないような印象です。人を誘いこむ神話のような歌…
http://www.ne.jp/asahi/minako/watanabe/mig.htm
 
なお、私自身は「転生したら踊っていると思う」と公言していますが、今生は舞踊家ではありません。一般の方よりも舞踊を好み、考えること深いと思いますが… 次回を楽しみにしております。
【2007/07/22 01:27】 URL | 雲水 #8U/jmZAQ[ 編集]
 ゲーテの著作の解釈は興味深いですね。ジプシーを「ロマ」と一般的に呼ぶようになったのはごく最近のことなのですが、彼らをその語源となった「エジプトからきた人」以外にも「ローマから来た人」と呼んでいた時代もあったようで、そのような解釈も出来るのかもしれませんね。

 リンク先を拝見してみたところ、ページの後半部で『ミニヨンがミラノ近郊で生まれ、幼いときにサーカス一座に誘拐されたが、実は伯爵の弟の僧侶の娘だった』などと、出生が明らかにされていますが、ヴィルヘルムとの出会いからのミニヨンの漂泊生活に、ゲーテはロマの生活を重ねていたのかもしれませんね(作品全体を読んだことないので、あまりいい加減なこと言えませんが)。
【2007/07/22 10:01】 URL | こいで #-[ 編集]
私の子ども時代に読んだミニヨンの話は、原典としての「ヴィルヘルム・マイスター修業時代」を相当に省略してまとめたものなので、リンク先の梗概を読んではじめて原典がそのような設定にしてあったと知りました。うかつというかがっくりしました。
  
私にとってのミニヨンの話を振り返ると、社会的に排除されている立場の踊り子の少女への、かっての感情移入と同時に、作中の表現者たる主人公の無残なあり方への不可解さが記憶にあります。ある意味で、ゲーテはそのような被排除の立場の人間への、ステロタイプな感情を冷静に利用して悲劇性と当時の社会性による免責的感情をなぞらせたのかなとも思っています。そういう被排除の立場の人々をめぐるまなざしの意味は、ジプシーあるいは、ロマへのまなざしに限らず、現在の日本の難病ALSや脊髄小脳変性症の方などへのまなざしと同じで、それを題材にしたドラマにおいては、そのまなざしそのものが、作者からも視聴者からも浮かび上がって来るのですが、そのあり方について考え込まされました。こちらでロマあるいはジプシーを対象に、どのようなまなざしがどこから浮かび上がってくるのか… 
   
ハードで両刃の剣のような主題を選ばれているような気はします。
私にとっては第一回から色々考えることが多いです。ああ、ここで切って次回を待たねばきりがない! 
【2007/07/22 22:53】 URL | 雲水 #8U/jmZAQ[ 編集]














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