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roma morchang

(画像:映像作品「manganiyar, rajasthan folk」の未発表映像より。口琴(北インドではモルチャング morchang と呼ばれる)を奏でるマンガニヤールのポーテ・カーン氏)



 ブログ過去記事『manganiyar, rajasthan folk』メイキング編(1)でも簡単に触れているが、インド・ラジャスタン地方には数多くの民族芸能集団がいて、前述した踊り子のカルベリアはもとより、蛇つかい、うた、踊りなどの門付け芸を生計とする漂泊民ジョーギー、そして超絶的な技巧を持つランガやマンガニヤールなどの楽士たち、人形つかいや絵解きをする芸人ボーパがその代表である(※1)。
 多彩なインドの音楽文化の歴史において、ラジャスタン地方がもたらした功績は大きい。重要な楽士たちは、好戦的で勇敢なラージプート族に仕えていたが、その支配者の宮廷では芸術家に対する保護が比較的際立っていた。こうしたことから、この地域では重要な音楽理論の諸文献が生まれている。そして彼らが魅力的な表現者であることは、ラジャスタン地方が「砂漠の地」であるという地域的要因も大きく影響しているように思う。

 砂漠に暮らす人々は、肥沃な土地で農耕を営む人々と比べるとリズム感が根本的に異なっているように思う。古くから農業を生活の糧としてきたわれわれ日本人や東南アジアの人々は、四季の変化を植物の育ち具合や種蒔きや収穫の時期と結びつける。一年を一周期とする大きな季節のリズムによって生活全体が営まれている。そして定住化することで周囲との関係にも細心の注意を払い、自己主張はなるべく控え、個人の力量や才能をあまり重要視せず、家柄や血筋の方を大切にする。
 こうした環境の中では、ダイナミックで飛び跳ねるようなリズム感が育つ可能性は少ない。それよりもゆっくりと次第に変化する四季のように、また少しずつ成長する植物のテンポ感や、繊細でひたむきな農作業に似たリズム感の方が生活に合っている。そして楽曲の構成においても、作物が時間をかけて育つ過程を見るように、全体として緩急に富んだメリハリのついた構成、まとまった形式が自然として受け入れられている。日本においては、箏曲、三味線音楽、尺八といった芸術性の高い伝統音楽になるほど、この特徴は顕著に見受けられる。

 一方砂漠に暮らす人々は、一年周期の植物を相手とする生活よりも、動物を生活の糧とすることが多い。山羊やラクダなどの動物の育成は、種蒔きから収穫までのように一斉に行われるものはなく、仔を産み、ミルクを採り、常に世話をしなければならない。時期によっては漂泊する必要にも迫られ、仕事のテンポになる単位は農耕民よりも短い単位、つまり「速く」、「臨機応変に反応する動物的なリズム」と言えよう(※2)。彼らは個性的で激しい表現を求める。個人の力量や才能は、家柄や血筋よりも大切であり、表現の原則としては調和や釣り合いよりも、コントラストや急激な変化を求める。楽曲の構成においては、予定調和でいかない砂漠の生活のような短いフレーズの繰り返しが多く、いつ始まっていつ終わるのかまるで見当がつかないような形式が多い(※3)。

 インターネットが普及した現代においては、その生活形態も純粋な「農耕民文化」とか「牧畜民文化」などと単一的に捉えることが難しくなってきている。どの民族もいろいろな生活形態の混合であり、また歴史的な変遷や外部からの影響が、それらを一層複雑なものにしているからである(※4)。とくに商業音楽や芸術音楽においては多種多様な影響が見受けられ、もはや一元論で語ることはナンセンスである。しかし土着的な生活に密接し伝承されてきた民族音楽という側面では、単一文化論で語ることがまだ許される面もあるのではないだろうか(※5)。

 実際、放浪ジョーギーたちの唄を聴くと、砂漠の厳しい環境で鍛えられた喉からは、まさに力強い歌声と跳ねるようなリズムを感じるし、ランガやマンガニヤールの演奏においても、両面太鼓ドーラクとカルタールの織りなすリズムは、激しく感情的である。それはまるで不毛で厳しい環境に戦いを挑むかのような闘争本能にすら思える(※6)。
 この砂漠特有のリズム感が、西へと向かったロマの体にも染みついていることは想像できる。ルーマニアやハンガリーでは、民族音楽と共に昇華した形でそれは顕著に見られ、狂ったような速度で展開されるアグレッシヴな曲調は、まるで世間の嘲笑や軽蔑に対する彼らの心の叫びであり、また偏見からの逃避願望であるかのようにも思えてしまう。
 スペインのカンテ・フラメンコにおいても、魂の奥底から響いてくるような太い地声(カンテ・ホンド)や、恥も外聞も気にせずに表現する情感は、砂漠のような厳しい人生との闘いを感じさせるものである。力強さと繊細さと狂気が同居しているジプシー音楽に、私は人生の根源的な不条理を照らし合わせ、引き込まれずにはいられない。


 不条理な創造は、つづいて、その深い無用性を示すものでなければならぬ。知力と情熱とが混じりあい、たがいに運びあっている、不条理な創造というこの日々の努力のなかに、不条理な人間は、いつかは自分の力の本質をなすものをつくりあげてくれる訓練を見いだす。(カミュ『シューシュポスの神話』)


【追伸】本文では触れることが出来なかったが、絵解きのボーパ、動物芸(熊・猿・蛇)、籠つくりなどもロマの変遷を辿るのに重要な要素である。同時にそれは東南アジアや中国の民間芸能、古来の日本の放浪芸、サンカ(山窩。「日本のジプシー」と呼ばれた放浪民)の生業などと重なる面も多く、大変興味深い内容なのだが、今回のトピックスの意図から外れてしまうので、いつか機会を見て触れられれば思う。


(次回予定『マンガニヤールの使用楽器』/毎週木曜更新)
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※1. 彼ら民族芸能集団は、ジャジマーンと呼ばれるパトロンたち(ラージプート王家の氏族的系譜、またはその他のカースト集団など)の庇護を受けながら、芸能活動をして報酬を得て生活の糧としていた。現在では観光客を新たなパトロンとして生き長らえてきているが、芸能本来の儀礼的な側面はだんだんと形骸化し、簡略化されてしまっている。彼らの表現に対する魂までもが形骸化してしまわぬよう、我々は正しい認識や尊敬の念を持って、彼らと接することが大切ではないだろうか。

※2. ちなみに騎馬民族系のリズムは三拍子系が多い。これは馬に乗っている時のリズム感に基づいているものである(だが古い蒙古族は四拍子系であり、これは長い距離を移動するため、馬の乗り方に違いがあるとされる)。農耕民族や古い蒙古族のように、常に体重をどちらかの足で支えている動きは、躍動的な三拍子のリズムにはなり難いようである。インドから西に向かったロマはキャラバンを使って移動したようだが、彼らは何拍子のリズムを感じていたのだろうか。徒歩の二拍子か、牽引するラクダや馬系の動物の三拍子か、それとも繋がれた荷車に揺られて別の拍子を感じていたのだろうか。興味深い話である。
 ちなみにフラメンコの基本リズムの十二拍は「三拍・三拍・二拍・二拍・二拍」で、騎馬民族系の三拍子と砂漠系の二拍子が混合しており、さらに二拍子の部分は全てオフビートである。これがロマが生み出したフラメンコ独特のリズムであるとしたら、彼らのリズム感覚の多様性に驚きを隠せない(リズム感は天性のものであり、後天的に自在に変えることは難しい)。特にオフビートは黒人系のビートであり、彼らがアラブやオスマンの変拍子だけでなく、アフリカの影響を受けている証拠にも繋がるのかもしれない。

※3. アニミズムにふさわしい自然に囲まれた我々の生活とは異なり、不毛な砂漠では、乾いた不安によって思考が終わりのない想念を呼び起こし、人は湧き上がる想念を絶つために抽象思考、幾何学的世界を作り上げたのかもしれない。それは短いフレーズを繰り返す音楽だけでなく、イスラム圏ではアラベスク模様となって昇華した。砂漠の生活における「繰り返し」は、われわれが思っている以上に心地よいものである。イスラムはその繰り返しの中に、絶対的な存在の象徴としてアラーを求めたのである。

※4. ラジャスタン地方の芸能者たちも、芸能だけで食べていけるのはほんの一握りの人たちだけで、後は物乞いを始めとする何らかの仕事を兼業しているのが現実である。たとえばジョーギーは小作農や石切の人夫役、カルベリアは竹の伐採と石臼つくりなどにも従事している。砂漠においても農耕民文化の影響は多少なりとも受けていると考える方が自然である。

※5. これは私の個人的な想いである。世界各地の民族音楽が現代まで全く変化しせずに伝承されているかといえば、そうとも言い切れない。長い伝承の途中に創造的な衝動のために変容したり、勘違いで記憶されたものが伝わったりするほか、伝承者の美的な価値観の影響や、ほかの音楽様式の影響も受けたりと、時の変遷と共に様々な変化は生じているだろう。だが民族音楽はこのような民族共同体による再創造を繰り返して、今日まで生き長らえてきたこともまた事実なのである。その民族音楽こそが、その土地に暮らす(さらに国を離れて暮らしている)人々にとってのアイデンティティの拠り所として、重要な役割を担っている。情報化社会がさらに発展し国境の概念がより希薄になれば、その重要性がますます見直されてくるのではないだろうか。

※6. 「道の手帖:サンカ 幻の漂泊民を探して/河出書房新社」における評論家の堀切直人氏のノマドの分類は興味深い。文中の狩猟採集民は、ラジャスタン地方の漂泊芸人に置き換えられる面もあろう。
 『同じノマドでも遊牧民と狩猟採集民とは、まったくタイプを異にする別人種である。遊牧民は、畜獣を支配、統制する生活形態ゆえに、誇り高く尊大で、戦争機械を発明するほど攻撃的で、農民や狩猟採集民を軽蔑している。一方、狩猟採集民は、日々の食料として野の獣を狩り草木果実を採集するのみで、自然を支配したり統制したりする野心を少しも持ち合わせていない。彼らにも棲み分けのための縄張り意識はあるが、定住民とは違って一定の土地に根をおろしたりしないから、定住民の心を虜にする所有欲や領土拡張欲とはおよそ縁がない。彼らは遊牧民のように攻撃的でも尊大でもなく、平和愛好的で謙虚であり、農民のように富の蓄積に執着せず、その心は晴朗であり、子どものように無邪気である。(中略)狩猟採集民は、これまで長らく、不安定と混沌の世界に、欠乏の恐怖に悩まされながら生きていると考えられていた。ところが、調査が積み重ねられ、彼らの生活の実状が知らされるようになるにつれて、物質面では貧しさの極みにあるような彼らは、内面においては、所有欲や支配欲に汚染されない、安らかな世界に生きていることが明らかになってきた』


















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