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Roma_Hijras
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(画像:「ヒジュラ - インド第三の性/石川 武志(青弓社)」。インパクトのある表紙はもとより、本文中の写真にも衝撃を受けた。中には全裸のものも見受けられたが、卑猥さやグロテスクというよりもより完全なものに近づいている存在といった印象を受け、ヒジュラが聖俗の狭間を生きている特別な存在なのだと感じさせられた。それはまるで去勢により大地母神と崇められたギリシャ神話のアッティスのごとく、生命の根源的な象徴であるかのようにも思えてしまうのだ)



 ヒジュラ Hijras は半陰陽者であり、男児の誕生や婚礼の祝いの場において歌や踊りで祝福するシャーマン的な芸能者である。ヒジュラとして生きていくということは、出身カーストや家族を捨て、独自のコミュニティの中でカースト外の存在として生きていくことである。このコミュニティは日本のヤクザのような師弟関係(師匠はグル、弟子はチューラと呼ばれる)や縄張り意識を持ち、祝儀や売春で稼いだ売り上げはグルが管理するといった小社会を形成している。社会的に蔑視の対象と見なされているため、コミュニティを飛び出して一匹狼で生きていくことはとても困難なこととなる。
 ヒジュラにロマとの関連性を見出すのは少々強引かもしれないが、独自のコミュニティの中で生活していること、「穢れ」の対象として社会蔑視されているが、一転して祝いの席ではその「穢れ」によって悪いカルマを受け継いでくれることから必要とされていることなど、ロマの社会的立場にオーバーラップする点も見受けられる。

 そもそも現在のラジャスタン地方にヒジュラはいるのだろうか。資料によれば昔は多くいたそうだが、現在はアジメールにコミュニティを確認できる程度で、その数は少なくなっているようである。売春を大きな生活基盤とするデリーやカルカッタなどの都市部のヒジュラとは違い、ラジャスタン地方での彼(女)らは聖なる存在として人々から崇められている。ヒジュラの大半は青年期に去勢した後天的な存在なのだが、このラジャスタン地方では先天的な両性具有者であると未だに信じている人も多いと聞く(「ヒジュラ 男でも女でもなく/セレナ・ナンダ(青土社)」の第八章では、先天性の半陰陽として生まれた本物のヒジュラ、サリマについての記述があり興味深い内容だった)。

 前回のラジャスタン地方の旅では、残念ながらヒジュラに出会えなかった。インドでの結婚シーズンは十~十一月であり、私の滞在した二月~三月は目立ったセレモニーやフェスティバルがなかったのがその理由の一つなのだが、全く存在しないという感じではなさそうだった。ジャイサルメールのカラカール・コロニーにそびえ立つホテル・アーティストのスタッフに、撮影コーディネートの依頼をした際にヒジュラの話を打診してみた。この時は法外と思えるギャランティを提示してきたので結局は断らざるを得なかったが、時期が良ければ結婚シーズンやプジャ(祭り)でヒジュラに会うのは割と容易なのかもしれない。次回は是非とも会って交流してみたいものである。

 ラジャスタン地方ではヒジュラは聖なる存在とされていると前述したが、私が現地でそれとなくヒジュラの話を切り出すと、少し困ったような顔をされたり、「おまえはゲイか」などと嘲笑されることもあった。出来れば関わりたくない厄介な存在というのが、本音の部分で見え隠れしていた。
 ヒジュラは男児が生まれると生後二週間後にその家に押しかけて、その男児の悪いカルマを引き受ける儀式を行う。第三者から見たヒジュラの「穢れ」の度合いが大きければ大きいほど、その悪いカルマはより多く引き受けられ、男児の健康と長寿が約束されると考えられている。その儀式の返礼としての報酬を受け取るときには強気の姿勢で、相手の財政状況などお構いなしに提示額よりさらに高額の報酬を要求することもある(※1)。家人が支払いを拒むと、ヒジュラはサリーをたくし上げ、去勢した下半身を露出し、相手を侮辱したような卑猥な言葉を投げつける。時にはそれが呪いとなり本当に男児を死に至らしめることもあると聞く。ヒジュラは性器を除去することにより、自分に特別な力が備わったと信じているのだ。

 ロマ社会においても「穢れ」の観念を持つ。それはロマ関連の書籍(イザベル・フォンセーカ、イアン・ハンコック、ジュディス・オークリー、関口義人など)でも詳しく言及されているので、ここでは簡単に述べるに留めるが、その概念は身体、死、女性、飲食、衣類、そして人の行為などの面に適用される点からインドのカースト制度(※2)との類似点が見られ、インドがロマの源流であるということを感じさせるものでもある。
 ヒンドゥー信仰の下では、現在のカーストは前世の行いによって決まるとされ、良かれ悪しかれ今の身分を受け入れて生きていくしか道はない。現世を全うして「解脱」することにより、来世はより良いカーストに生まれかわるという輪廻思想を信じ、ほのかな期待を感じながらこの不条理の世界を生き抜く。だがロマにはこの輪廻思想を持ち合わせていないように思える。「今」が全てと考えるロマの思想は、インドからの長い漂泊生活の途中に出くわしたイスラム教やキリスト教の死生観を、方便とは思いつつも無意識のうちに受け入れてしまった結果なのかもしれない。

 スタヴローギン「きみはあの世の永生を信じているのですか?」
 キリーロフ「いや信じません。この世の永生を信じているんです」
(ドストエフスキー『悪霊』)


 男でも女でもない第三のジェンダーを持ち、シャーマニズムと穢れを背負い、この世をあの世を行き来できる特異な存在ヒジュラ。ロマが漂泊を止め定住化していくように、ヒジュラも変容するインド社会の中で消滅の道を辿っている(※3)。
 単一民族の島国である日本に暮らす我々は、異質なものとの共存には慣れておらず、結局は保守的な世界の中で、理想論として対外的な関係を語っているに過ぎない。一方インドは漂泊者もヒジュラも受け入れて、今日まで生き永らている。またひとつインドの奥深い側面を垣間みるのである。


【2010.9.7追記】本ブログ過去記事『ザ・ラジャスタン』音楽紀行 #039:ヒジュラに会えるか もご参照ください。


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※1. これは都市部での話で、ラジャスタン地方ではさほどシビアではないようだ。

※2. インドの中世社会、特に八~十世紀における社会基盤となったカースト制度の基本となるのが、「罪」と「穢れ」の概念であった。一九五〇年のインド共和国成立によってカーストは法的には全廃されたものの、現在に至るまで依然として強く生き残っており、カーストがインドの発展の妨げになっている原因の一つとしてあげられる。
 階層を超えた人との接触は「穢れ」の原因となる。ことに最下層であるシュードラおよび女性との接触は人を汚すと考えられた。また大きな罪を犯したり、先祖の罪の故に不可触民とされた係累の者との関わりも「穢れ」の理由となった。また異教徒との接触によっても人は「穢れ」を持つとされた。

※3. 多様性を持つインドでは近年、清潔で洗練された欧米思想がデリーなどの都市部の中間層に広まってきている。都市化による人間関係の希薄化、ストレス社会による自殺の増加、貧困層とのさらなる二極分化など、現在日本が抱えている問題が、このインドでも深刻になってきている。物質的に満たされた社会では「真の豊かさは何なのか」という問いが湧き上がる。そして宗教と生活が密接に繋がっているこのインドでは、宗教的価値の復興を説く「ヒンドゥー・ナショナリズム」が保守的な中高年の裕福層を中心に広まりつつある。ヒンドゥトゥワ(ヒンドゥーの本質・原理)は主張する人によってそのディティールが異なるが、根底には西洋社会やムスリム、マルクス主義者たちを敵視し、被害者意識を持っている。
 もしこのヒンドゥー・ナショナリズムが都市部だけでなく、ラジャスタン地方などハイブリッドな文化的特色が深い土地にまで影響を及ぼすと、土地に根付いている民族芸能にも影響を及ぼすことだろう。欧米思想が広まるにしろ、ヒンドゥー・ナショナリズムがそれを抑制するにしろ、インドにおける文化的な側面もこれから大きな変容の道を辿ることは免れないのかもしれない。この変容の道の中で漂泊民族やヒジュラたちは、はたしてどのように生き長らえていくのだろうか。




こんばんは。ヒジュラの本、御紹介有り難うございます。
石川武志のお台場通信 http:ishikawa77.exblog.jp/i0/
The hijras of India http://ishikawa50.exblog.jp/i9/
上記のブログ始めました。私もロマ(ジプシー)とヒジュラの共通点には興味をもっていました。トルコやエジプトでベリーダンサーの役割がヒジュラとも似ていましたが、これはジプシーの存在も関係しているのかと感じますが、いかがでしょう。石川武志
【2008/02/19 00:45】 URL | ISHIKAWA #-[ 編集]
このコメントは管理者の承認待ちです
【2008/02/19 09:39】 | #[ 編集]














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先日、鹿児島の『維新ふるさと館」にいったときにも感じましたが、郷中のような徳育は、武士階級の消滅とともに、なくなり、現代教育においては、一切扱われていない、といっても過言ではないと思います。この武士道は、徳育の教材として、日本の武士がどのような気構えを... 思想の日【2007/10/04 01:41】
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