
(画像: 練習頻度が多い教則DVD『
La guitarra flamenca de Tomatito』。このトマティートのブレリアのファルセータ(彼やカマロンのアルバムから抜粋)やソレア・ポル・ブレリアはそのまま実践にも使えそうな魅力的なフレーズが多い。パロ別にじっくり練習するならマヌエル・サラド監督、マノロ・フランコ出演の『
Guitarra Flamencaシリーズ』がよさそうだ)
There is no accounting for tastes.(たで食う虫も好き好き)ということわざがありますが、二回に渡って超私見フラメンコ論を書いてみたいと思います。まずはギター編。
少年期から音楽を始め、ポピュラー音楽に傾倒していた時期が結構長かったのですが、仕事の忙しさにかまけてしばらくは音楽活動を中断。映像を作り始めた最近になってまた音楽熱が復活してきたものの、以前のようにリスナーとして音を楽しむことにはさほど魅力を感じなくなってしまいました。もはや口当たりの良いだけのポピュラー音楽には自己のリアリティを投影できなくなったのです。自分自身を削り取って創り出す音、いわば彫刻作品のような音にこそリアリティを感じるのです。これからの人生における音楽との関わりは「世界と自分との関係」の中で生み出される、体内から溢れ出す音に耳を傾けていくことでしょう。
そんな時期にフラメンコに興味を持ったのは、そこにインドから長い放浪生活の末アンダルシアに辿り着いたジプシー(この記事ではロマ表記よりもジプシー表記を優先します)の血や誇りを見たからです。魂の叫びという点では黒人ブルースが思い出されますが、フラメンコにはさらに民族としての誇りと芸術的な完成度が見受けられます。僕自身はジプシーになることすら出来ませんが、彼らの魂や誇りを「感じる」ことはできるのではないだろうか。さらに自分で演奏してみれば、少しは彼らに近づけるのではないかと。
・・・と、前置きが長くなりましたが、独学で始めたフラメンコ・ギターがだんだんと体に馴染んできた昨今、色々な技術や感覚がモノになるにつれいろいろな疑問が浮かび、それに対処すべく方法を模索する日々です。ポピュラー音楽の経験も踏まえてこれから自分はどうやってフラメンコ・ギターと付き合っていけばよいかを、自分なりに検証してみたいと思います。
(1)フラメンコ的ドライブ感が出ない ラスゲーアード、アルサプーア、ピカード、ゴルペ等、フラメンコの特殊な奏法をマスターした後は、アーティストのファルセータやエチュードを練習しています。譜面を使ったりリスニングでコピーすることはポピュラー音楽の時代からやってきていることなので、集中して何度も繰り返し練習すれば形になるのですが、フラメンコに関しては完全コピーして弾いてみても「何か」が違うことに気付かされます。もちろんゴルペをコンパスのタイミングで鳴らすことも意識しているし、決してリズム感も歌心も酷いというほどでもないのですが、自分のグルーブ感覚が微妙にフラメンコ的でないことを思い知らされました。ジプシーが先天的に持っている三拍子の馬のリズムを、どうやって後天的に自分の体に染みこませるか、それが大きな課題としてあります。打開策として以下の三つを考えてみました。
●
トケを徹底的に練習する:トケ(伴奏)を知らないでソロを弾くと、今までのポピュラー音楽のノリが無意識に出てしまい、フラメンコ的ドライブ感が出てこない。トケを習得すれば、ソロを弾いている時にも自分の内側でトケが鳴っているような感覚で演奏できるのではないか。
●
コンパスを体で覚える:たとえばブレリアの基本コンパス「1 - 2 -
3 - 4 - 5 -
6 - 7 -
8 - 9 -
10 - 11 -
12」を演奏中に「いち、に、
さぁ〜ん」と頭で数えているうちはなかなかフラメンコ的ドライブ感が出てこない。その12拍をひとつのかたまり(パターン)として感覚的にゆらぎを体得できれば、フラメンコ的ドライブ感が出てくるのではないか。ゴルペも意識することなくコンパスと同じタイミングになるだろう。
●
パーカションやパルマスでごまかさない:上記二点を習得しない内から、CD音源などでパーカッションやパルマスを流して練習しない。パーカッションやパルマスを入れることによってフラメンコ的ドライブ感は出るが、それにごまかされて、本当のギターの力量が見えずらくなってしまう。ギターだけでフラメンコ的ドライブ感が出せるまでは、メトロノームの方が有意義だろう。
(2)パロとコンパスがよく分からない ブレリアやシギリージャス、ソレア、タンゴなどは決めのフレーズが特徴的なので、数を聴いているとだんだんと分かってくるのですが、たとえばモダンなカマロンのカンテを聴いてすぐにパロが思いつかないものが多々あります。そしてその時のコンパスもよく分からず、パルマスもアレンジが複雑でお手上げになってしまい、混乱することもしばし。
この解決策はトラディショナルなカンテをたくさん聴き込んで基本を知ることが大切です。同じパロでも地方によっていろいろあるので、ブレリアならブレリアだけ地方ごとにいろいろなカンテを聴くといった方法がさらに効果的のようです。
(3)自分でファルセータを作ってみる 僕自身は他人の楽曲、たとえばパコ・デ・ルシアやトマティートの楽曲を人前で演奏しても、あまり満足感は得られないと思います。自分の表現ではないからです。下手でもいいから自分の楽曲で感情表現することが目標です。
フラメンコの場合は、ポピュラー音楽の作曲メソッドとはちょっと違うように思います。コードの押さえ方も独特なものが多く、コード進行も多様性があるというわけでもなく、伝統に則ってパターン化されているようにも思います。
ゴッホが浮世絵を模倣したように、好きなアーティストの楽曲やファルセータをたくさんコピーするのは大切でしょう。これはポピュラー音楽と同じです。でもただ闇雲にファルセータや楽曲を機械的にコピーするだけでは応用が利かないので、それを細かく分析することも必要です。ギタリストたちのフレーズのクセを見極めたり、印象的なフレーズはブツ切りにして他のパロに意識的に採り入れてみるのも良いかもしれません。ゴッホが浮世絵の模倣を経て試行錯誤の末、自分のスタイルを確立するのと似ていますね。
フラメンコで多用されるスケールは、教会旋法のフリジア旋法(T - m2 - m3 - P4 - P5 - m6 - m7)に長3度の音を加えた旋法(T - m2 - m3 - M3 - P4 - P5 - m6 - m7)であり、現在のコンポジット・モードでは「スパニッシュ・8ノート・スケール」と呼ばれているものです。M3の音がアラビックなテイストを感じさせる重要な音になりますね。このスケールをギターのフレット上で覚えるのが一番良いですが、例えばトマティートは「毎日かなり練習はするけど、スケール練習もエチュードの練習もしない」とインタービューで語っていて、彼が一体どんな方法で練習や曲作りをしているのか気になります。
とにかく自作の楽曲で表現しない限りは、僕はフラメンコという音楽にカタルシスを得られないのではないかと思います。
(4)独学で出来るのだろうか 近くに学べるところがあればスクールに通うことに越したことないです。ギター経験のない超初心者ならばなおさらです。ただ僕の場合は、近くにスクールがないために独学せざるを得ない状況で始めました。
最初はCD付きの教則本を購入しましたが、全く使いものになりませんでした。ラスゲアードの分解写真を見るだけでラスゲアードは弾けるようになりません。エチュードもある意味ではクラシック・ギターの奏法だけで弾けてしまうようなものばかりでした。初級のエチュードなんてつまらない曲ばかりだし、後で使えそうなフレーズもほとんど無いですね。
その後、インターネットでフラメンコのメソッドを動画で公開している親切な愛好家の方々のサイトや、YouTubeの動画を参考にして、基本的な奏法をマスターしました。それらを観るまではラスゲアードの弾き方は全く理解できませんでした。時間を割いてかなり練習しましたが、ここまで約二ヶ月を要しました。ここまでの基礎レベルはスクールで先生から教わった方が断然上達が早いと思います。
その後、
オスカル・エレーロのDVDの基礎編(ii)と(iii)を購入し、DVDによるメソッドでかなりしっかりと奏法を理解することが出来ました。やはり実際に演奏をしている映像を見るとかなり分かりやすいです。独学で始めるならこのDVDはオススメです。ラスゲアードなどの基本奏法を理解できると一気にフラメンコの世界が拡がります。現在は『
La guitarra flamenca de Tomatito』など、アーティストが実際に自作曲で使っているファルセータやエチュードを練習しています。これによりフラメンコの楽曲の構成や細かな理解が一層深まりました。ここまでで約五ヶ月です。
今となっては自分はスクールに通う必要はなかったと判断しています(通えば上達は早かったとも思いますが)。多くのスクールでは基礎を教えた後に楽曲やファルセータの練習に入ると思いますが、その時点でやることは市販の楽譜や各アーティストの教則DVDでやるのと同じ事になってしまうからです。譜面を先生から渡されて「じゃ来週までに練習してきて」の繰り返しになると、もはや金をドブに捨ててしまうようなものです。そこまで出来るようになれば、あとは独学で始めても良いのではないかと思います。魅力的なファルセータやレマーテの作り方を伝授してくれたり、精神的な面で語り合えるほどウマのあう先生ならばこの限りではないですけど。
独学のために自分を客観的に観られなくて困った時は、自分の演奏をビデオ撮影して、インターネットのフラメンコ関連のコミュニティにアップロードして、愛好家からの意見を仰ぐ方法もあるかと思います。独学では判断が独りよがりになりがちなので、客観的に判断してもらえる環境はとても貴重です。
(5)スペインに行けばもっと上手くなるか どうせやるなら本場で学びたいとは誰しも思うことでしょう。実際に僕も学校を調べ行動に移そうと思った時期もありますが、結局はすぐに飛び出すことは止めました。スペインは今までに何度か訪れてますし、スペインに行けばフラメンコがもっと分かるようになるというのは幻想だと思っているからです。
スペインで出来て日本で出来ないことはもちろん多いと思いますが、日本で出来ることも多いと思います。日本で出来ることを充分にやってからスペインに行っても遅くはないだろうと。それも留学という形でなくても構わないと思ってます。ヒターノ(ジプシー)が高い授業料を払ってまで学校でわざわざ奏法を習うでしょうか?インドの貧しい子供ですら英語が堪能なのはなぜでしょうか?彼らは人から人へ、親から子へと技術や知識を継承しているからです。ヒターノやインドの子供までとは言わないまでも、過剰な情報化社会である日本でなら、父親の代わりとなるメソッドは探せばいくらでもあります。ちなみに僕はデザインを職業にしていましたが、全くの独学で覚えました。それを職業としてやってこれたのは「熱意」にほかなりません。だから他のことも独学でできると思うのです。
効果的に学ぶ方法は例えば、自分のギター演奏のレベルがある程度のレベルに達してから渡西し、現地のマスターに評価してもらい悪い点やクセを短期間で集中的に直してもらうことは如何でしょうか。これなら一ヶ月も現地滞在すれば結構いろいろなことが出来そうです。
スペインで学ぶ以外にも、メソッド体系がしっかりと確立されているアメリカで学ぶのも良いかと思います。またインターネットでも英文サイトまで含めれば、フラメンコのメソッドに関してかなりの情報が得られます。今ではネット上でタブ譜付きの楽譜も入手可能ですし、タブ譜閲覧用のソフトウェアも色々選べるようです(マック用では
GuitarProや
tableditなどがオススメ)。
以前グラナダに数日滞在したときの話です。とあるタブラオにてフラメンコのライブ撮影を交渉する予定だったのですが、現地で風邪をこじらせてしまい実現には至りませんでした。日没後の街中のバルから漏れてくるパルマスと楽しそうなカンテ、アルバイシンの小さな広場で観たジプシーの子供たちのバイレなど、市井の人たちが楽しむ光景にはとても心惹かれました。ギターがなくてもフラメンコはフラメンコ。そしてカンテが主役とはいえ、バイレだけでもやはりフラメンコを感じました。体一つあればそれが表現になってしまう。単純なことなのに凄いことだと思いました。
僕が心惹かれるのは、ヒターノたちがストリートで自分たちのために楽しんでいるシンプルなフラメンコであることを確信しました。 次にアンダルシアに行くときは是非ともブレリアの発祥地ヘレスを訪れてみたいです。普段は静かな町ですが夜になるとバルでフラメンコを楽しむ人々で賑わいをみせるとのこと。異国の東洋人が一人でその輪の中に入っていくのはちょっとためらいますが、行ってみないことにはどうなるか分かりませんよね。
(次回予定『誰も書かないフラメンコ論【カンテ編】』/木曜更新)
2008/02/07
フラメンコギター
70TB 0
70Com 0
↑