La creation absurde

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誰も書かないフラメンコ論【カンテ編】

Flamenco_Cante

(画像: トニー・ガトリフ監督の「ベンゴ」より。ヘレスのカンテを代表するカンタオーラのラ・パケーラ・デ・ヘレスと、ギタリスタのパリージャ・デ・ヘレスが織りなすシギリージャスは重厚感に溢れ、聴き手の内面の闇の部分を深くえぐり出す。惜しくもラ・パケーラは2004年に血栓症のため他界)



 さて第二回にして最終回の超私見フラメンコ論。今回はカンテ編です。

 カンテ(歌)はフラメンコの真骨頂です。インドを出発して十五世紀にはアンダルシアに辿り着いたジプシー(スペインではヒターノと呼ばれる)たちは、定住化し始めた十八世紀にはカンテ・ヒターノを確立しました(詳しい内容は本ブログの『私説ロマ:カルベリアとインド古典舞踊、そしてフラメンコ(2)の脚注5を参照ください』)。カンテ・ヒターノは迫害に対する怒りや叶わぬ恋など人生の不条理をテーマにしたもので、カンテの歌詞にこそフラメンコの本質を見ることができます。トケ(演奏)もバイレ(踊り)もパルマス(手拍子)も、カンテを彩るだけの道具に過ぎないのです。カンテと魂があれば、それだけで本物のフラメンコが表現できてしまいます。これって凄いことではないでしょうか。トニー・ガトリフ監督の「ラッチョ・ドローム」のエンディングでは、まさにインド的な風貌のヒターナのカンテオーラ、ラ・カイータが人生の不条理を独りで切なく力強く歌い上げるといった、フラメンコの本質がよく表現されています。

 フラメンコの東洋性はインドからの長い漂泊の旅で培われたものであり、日本人がフラメンコを深く愛する根底には、遠く離れたスペインのアンダルシア地方に自分の血を感じるというロマンがあるからかもしれません。本ブログの『私説ロマ:カルベリアとインド古典舞踊、そしてフラメンコ(1)』でも少し触れていますが、フラメンコは、その苦しそうなうたい方、激しいリズムとダイナミクス(強弱法)から、しばしば日本の三味線音楽の「新内節」とも比較されます。フラメンコでは、心変わりした女をなじる男心や、つかの間の愛におびえる傷つきやすい恋心をうたっており、新内では、道ならぬ恋ゆえの死出の旅や、愛のための自己犠牲を語っている。どちらも中心のテーマは「見果てぬ夢」であり、「満たされぬ愛」なのです。
 日本の演歌もフラメンコ的でもありますが、湿気具合が対照的、すなわち演歌は湿度指数が高くフラメンコは低いように思います。また双方とも深く叙情的ではありますが、演歌ではさらに叙景的な側面が混じり合って一つの妖艶な世界を作り上げています。こんなことからも演歌に比べると新内節の方によりフラメンコ的なものを感じます。三味線の音色には湿気を感じないからかもしれません。フラメンコの湿度指数の低さは、アンダルシアという乾いた土地で生まれたという背景が大きな影響としてあるようにも思います。
 面白いことに、トニー・ガトリフ監督の「ベンゴ」では日本の歌謡をフラメンコ的に表現するシーンがあります。前半の酒場のシーンで、マリア・ラ・コネーハ演じる娼婦が、黒沢明とロス・プリモスの「ラブ・ユー東京」を日本語で唄っていましたが、シラブルの使い方やリズム感が日本の歌謡とは違って、フラメンコ的な歌謡に変わっていることに興味を覚えます。またこの映画のワンシーンとエンディングで使われたレメディオス・シルバ・ピサの「NACI EN ALAMO(私はアラモで生まれた)」というスローなタンゴは、普段はあまり感じないような演歌に通じる湿度指数の高さも感じられ、カンテ・フラメンコの違った側面も伺い知ることが出来ます。

 もし日本人としてカンテ・フラメンコを表現するのなら、母国語で表現することは重要なのではないかと思います。カンテに説得力がなければ、秀逸なギタープレイや派手な踊りといったフラメンコのほんの上っ面の部分しか日本人には伝わらないかもしれません。雰囲気で聴けたり表現出来てしまう洋楽ポップ・ミュージックとは違い、音楽そのものの内面を理解しようという視点がないと、フラメンコは本当の意味で理解されるのはなかなか難しいように思うのです。それには流行とはまた違った普遍的な言葉が必要なのです。『極説 三島由紀夫 切腹とフラメンコ(夏目書房)』で著者の板坂 剛氏は、日本文化とフラメンコを繋ぐ面白い試みをしています。以下に文章を引用します。


  『私は数年前にスペインの若いフラメンコの歌手に、(藤原)定家の句を訳して教えたことがある。彼はたちどころにその訳詞をシギリージャという暗い特異なリズム構成の曲にして歌ってみせてくれた。日本的な無常観にあふれた詩が、フラメンコの歌手のしわがれた声によく似合っていた。
 何故似合うのか。もちろん定家の句だけではない。芭蕉の句も正岡子規の句も(こちらが似合いそうなのをあらかじめ選んで教えたせいもあるが)、どれを歌わせても似合った。(中略)
 フラメンコには東洋的な美意識や音楽性を感じさせる部分がある、とよく言われるが、それはジプシー(ロマニ族)の民族的成立の起源がインドにあり、フラメンコの原型になるイメージもインドにあるという点からくる当然の帰結である。また、短絡的であると批判されるのを承知で書くのだが、「平家物語」から「方丈記」、そして「奥の細道」へと続く日本文学の<無常観>路線の根底に流れる仏教の影響力を考えると、その<無常観>も日本的というよりはインド的といった方がいいのかもしれないが。』



 そして板坂氏は日本の歴史の中でフラメンコに近いものとして「平家物語」を挙げています。以下さらに引用。


 『日本の歴史の中で、フラメンコに最も近いものは何か?と訊かれた時、私はまず迷わずに「平家物語」と琵琶法師を例としてあげることにしている。社会からつまはじきにされた人たちが、秩序の外側から人間の根源にある<摂理>の空しさを語ることになる。この図式が「平家物語」と琵琶法師のとりあわせほど鮮やかに、しかも鋭利な感性を持って成就している例は他にはない。琵琶という楽器がインドから変化を重ねながら伝わってきたものであることも、同じようにインドからスペインにもたらされたギターと同様の役割を果たしている点も興味深い。

 「源氏物語」と「平家物語」の決定的な差違は、前者が支配階級の娯楽としての文学という限定された読者を対象に書かれたものであるのに対し、後者が大衆的エンターテインメントとして、極端に言えば全国民を相手にすることを前提に創られた点だろう。そして「平家物語」といえばすぐに思い浮かぶのが、あの盲目の琵琶法師の弾き語りの姿である。当時の芸能は多くの無名の大道芸人に演じられることで存続していたが、いうまでもなく彼らは賤民である。琵琶法師ももちろんそこに含まれていたが、「平家物語」の大ヒットのおかげで、卑しい身分であるにもかかわらず、貴族の前で芸を披露するまでの地位を得ることができたといわれている。(中略)「平家物語」は芸能者=賤民と聴衆の長期間にわたる伝承の中でしだいに完成されていった。』



 藤原定家のシギリージャス、平家物語と琵琶法師とフラメンコを繋げる見解に大きな説得力を感じました。これはフラメンコの本質的な側面をえぐったもので、日本国内におけるカンテ表現に必要な精神ではないかと思うのです。自国の古典に目をむけるという試みは、たとえばカマロンが1979年発表のアルバム「La leyenda del tiempo(時の伝説)」の中で、フェデリコ・ガルシア・ロルカの詩の引用を5曲にしています。同じように、日本でも古典回帰によりフラメンコに通じる精神を模索してみるのも大切なことのように思います。
 板坂氏は定家の句をスペイン語に翻訳してスペイン人に教えたとしていますが、はたして彼らが叙情的なものと叙景的なものの微妙な関係によって生まれる美しさという、日本の古典の持つデリケートな感覚まで本当に理解出来ていたかには疑問が残ります。逆説的に言うと「もののあはれ」こそ、日本人が古来から持っている美しい感性であり、それをフラメンコに取り入れることは日本人のフラメンコ表現として説得力がより大きなものになるように思うのです。

 ここで新古今和歌集の藤原定家の句から、シギリージャスのカンテに合うものを独断と偏見で選んでみました。


梅の花にほひをうつす袖のうへに 軒漏る月のかげぞあらそふ(四十四番)
 (解説:本歌の伊勢物語の世界をイメージとしている。梅の花のにほひの香る恋の世界と、そして、離別の悲しみの涙に光る月光の世界とが 艶なるうちに展開するのである)

霜まよふ空にしをれし雁がねの かへるつばさに春雨ぞ降る(六十三番)
 (解説:帰雁の悲しみの心を形象化したものであり、いかにも定家らしい言葉遣いをしている。帰雁の弱弱しいつばさに春雨の濡れそぼつシーンを加え、さらに一層悲しさが募る)

待つ人のふもとの道は絶えぬらむ 軒端の杉に雪おもるなり(六百七十二番)
 (解説:家の軒端の杉に雪が積もっている様を眼前にして思いをはせている歌である。待ち人がやってこない寂しさを内に秘めている。その寂しさが余情として存在している。眼前の風景の重苦しさとつながっているのである)

玉ゆらの露もなみだもとどまらず 亡き人恋うるやどの秋風(七百八十八番)
 (解説:母とともに暮らした日々を思い出し、しみじみと歌ったものである。人の世の悲しみ、無常の悲しみに思いは行き着く。その時、秋風がフット吹きぬける。「秋風」という体言止がこの歌の寂しさを定着させているのであろう)


 スペイン語と日本語の文法の違い、特に動詞の位置の違いから、定家の句を実際にカンテ・フラメンコに昇華するのは、そんなに簡単なことではないと思います(たとえば句を倒置するとニュアンスが変わってしまう)が、現代詩にリライトするなどして試行錯誤する価値はあると思います。また新古今和歌集以外にも、近代現代の詩にも目を向けて、例えば松尾芭蕉、石川啄木、与謝野晶子、尾崎放哉、中原中也の作品とフラメンコの相性はどうだろうか、石川啄木はシギリージャス的だけど尾崎放哉はソレア的ではないか、などと想像するのも面白いと思います。カンテ・フラメンコは日本人の持つデリケートな文学的な感性により、新しい『ジャパニーズ・カンテ・フラメンコ』として表現する余地が残されているように思うのです。【完】


    2008/02/14   フラメンコギター     71TB 0   71Com 0  ↑ 

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こいで みのる

こいで みのる
67年生まれ。映像人、デザイナー。
映像レーベル『spruce & bamboo (スプルース・アンド・バンブー) 』主催。

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