La creation absurde

Entry 76   Permanent LIN K

ディーヌ・カーン氏その後

Dinu iPod

 さて今回の旅では映像再生が可能なiPod Classicを持参し、コーディネーターとの打ち合わせや営業用として大いに役立ってくれた。ジャイサルメールでは、前回の撮影に参加して頂けたカマイーチャ奏者、ディーヌ・カーン氏(ブログ関連記事『manganiyar, rajasthan folk』メイキング編(3)に直接作品を見てもらいたいと思い、カラカール・コロニーの最西端に位置する彼の家に滞在中に何度も訪れたのだが、なぜかいつも不在。近所の人は「彼はしばらく村に行っているようだ」と片言の英語で言うのみ。
 そしてジャイサルメールを去る前日に、やっとディーヌ氏の息子二人に会うことが出来た。聞くところによると、ディーヌ氏は前回の撮影でも辛そうだった膝をさらに痛めてしまい、現在はクーリー近くの病院に入退院を繰り返しているそうだ。これから音楽活動するのは困難になるかもしれないと告げられた。ディーヌ氏に直接作品を観てもらえなかったのは残念な限りだが、日本の雑誌のジプシー特集で紹介された彼の写真の掲載ぺージを滞在ゲストハウス宛てにメールで送ったことや、インターネット上で作品を公開していることはすでに彼に伝わっていたようで、たいそう喜んでもらえたことだけは救いだった。

 話はさかのぼり、ディーヌ氏の家を探している時に、一人の老人に導かれカラカール・コロニーの北西に位置するオーストリア人の経営するゲストハウスの隣の民家に案内された。そこに住んでいたのはロッジェだった。彼は隣接するゲストハウスで音楽コーディネーターの仕事をしており、前回にも撮影の件で相談したことのある男だ。楽士たちと直接交渉する言い値の何倍もの金額を平然と要求するその貪欲さや、信憑性の低い情報に終始混乱させられ、できれば二度と関わりたくないと思っていた男だったが、まさかこんなところで再会するとは思ってもみなかった。
 ロッジェは左膝に包帯を巻いてベッドに横たわっていた。数日前にバイク事故で膝の外側を損傷し、骨と肉が見えるほど深い傷を負ったと言う。彼の方が先に気付いて、ぼくを見るや否や「覚えているよ」と一言。ディーヌ氏を探していたらここに誘導されたことを告げると、「オレはディーヌの甥だ」と言う。そんな繋がりがあったのかと不思議に思ったが、彼や彼の家族にiPodでディーヌ氏の作品を見せると、皆興味津々に見入って楽しんでいる。ロッジェは相変わらず金の話ばかりするので本当にうんざりだったが、ディーヌ氏の親族に作品を観てもらえただけでも来た甲斐があったかなと自分を納得させた。

 後日、ディーヌ氏の息子二人に会って、ロッジェの話を切り出すと「彼は父の甥ではない。家とは何も関係がない」と告げられる。
 ロッジェよ、また今回もお前は・・・・・。


(画像:下段右二人がディーヌ氏の息子。他はディーヌ氏の甥だと偽ったロッジェとその家族。上段左端がロッジェ。金の話さえしなければ楽しくて面白い男なのだが・・・)

    2008/04/21   旅:インド ラジャスタン 2007&08        ↑ 

こいで みのる

こいで みのる
67年生まれ。旅人。
民族的・音楽的に惹かれる国を訪れ、映像や写真、音楽で『世界と自分との関係』を表現している。

プロフィール
ホームページ(英語)
ブログ日記
お問い合わせ

 

 

  こいで書庫 on Amozon.co.jp

 

 


※本ブログの引用のない写真・映像・文章の著作権は全て こいで みのる に帰属します。許可のない無断転載・複製、配布を一切禁じます。