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Raj_009

 カノイ村のマンガニヤールの撮影を終えて、次に放浪ジョーギーの撮影に向かう。

 ジョーギー Jogi とは、蛇遣い(サペラ)Snake-charmer (Sapera) を生業とする漂泊民で、移動しながら村から村へと門付けをするコミュニティーである。そもそもジョーギーという言葉は、ヨーガ行者、行者(ヨーギン)などから由来する。熊や猿を扱うものはマダリ(Madari)というが、ジャイサルメールには存在しない。定住化しているジョーギーは小作農として雇われて農業に従事。ムールサガルやダモダーラには鉱山があり、鉱山労働にも従事する。ドゥルガー信仰。定住する場所は、村のなかではなく、外側でなければならない。放浪ジョーギーはカノイ村やダモダーラ村などに出現する。七~八月はサム砂漠の近辺に出没。九月には客が減るので他に移動し、十月になるとまた戻ってくる。最近は三月まではカノイ村周辺にいることが多い。(参考資料「ジプシーの来た道/市川 捷護(白水社)」※一部を修正引用)

 すでに太陽も傾き始め夕方になっている。定住ジョーギーと違い、放浪ジョーギーは見つけるのが困難とされているので、これから広大なタール砂漠をジープであちこち走り回って彼らを探すのは大変ではないかとコーディネーターのカマルに尋ねてみると、ドライバーのアユーブに任せれば大丈夫だという。途中、サム砂丘の砂漠ツアーと思しきラクダと観光客が密集している地点を通り過ぎ、しばらくするとジープは舗装道路から外れた道なき道を走り出す。数分後、ブッシュ haniya で作った壁が印象的な住居群が見えてきた。放浪ジョーギーの集落のようだ。いよいよ放浪生活者に会えるのだ。
 十数メートル手前でジープを停車して待っていると、住居群の方からカラフルな民族衣装を着た女性達が大勢こちらの方に向かってくる。ライトブラウンとブルーだけのモノトーンな砂漠の風景に、瀟洒(しょうしゃ)な彼女たちの出現はあまりにも鮮やかで衝撃的だった。やがてジープの周りに彼女たちが集まる。全部で十五人以上は居ただろうか。ジョーギーだけでなく、黒いドレスに刺繍を施した民族衣装のカルベリアの少女も何人か見かける。この強烈な出会いに撮影することすら忘れ、しばし彼女たちを呆然と眺めていた。

 なぜ見つけるのが難しいとされている放浪ジョーギーが簡単に見つかったのか、とカマルに尋ねてみたところ、砂漠の楽士の情報網を持っているドライバーのアユーブが事前に携帯電話で彼らと連絡を取り合っていたのだと聞かされ驚いた。放浪民族が携帯電話とは・・・。
 二〇〇五年から六年にかけて、このジャイサルメールでも携帯電話サービスが始まり、たしかにその恩恵を土地の人々が受けていた。〇七年にこのジャイサルメールを訪れたときは、リクシャードライバーも楽士たちもやたらと携帯番号を教えてくれ、営業活動に熱心だったことを思い出した。今回のクーダバックスのセッションでも演奏の合間にメンバーの携帯電話が着信して、しばらく撮影が中断したこともあった。思えばあの聖者サドゥだって携帯電話を持っているそうなので、放浪ジョーギーが使っていたとしてもおかしくないのだが、自由気ままに放浪(正確には季節や諸条件によって周遊)する彼らと携帯電話がどうもイメージ的に繋がらなくて、どこか不思議な感じもした。だが彼らにとっては、携帯電話一本でビジネスチャンスが確実に拡がったことは事実なのだ。(次回に続く)


(写真:放浪ジョーギーの子どもたち。やっぱり服装も装飾品もオシャレだ)


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