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Raj_038a

 カルベリアについての情報収集をしている時に見つけた、時計台近くのハヴェリ・ゲストハウス Haveli Guesthouse ではボーパのセッションが毎夜行われているという。今回の滞在では、楽士をチャーターして自分の好きな状況下で撮影するというスタイルで進行していたのだが、素材も結構貯まってきたし、保険として撮るような気持ちで彼らのセッションを気軽に覗いてみることにした。
 夜の七時過ぎにゲストハウスの屋上の併設レストランに行くと、ちょうど楽士たちが準備している最中だった。宿のスタッフが予め彼らに話しておいてくれたようで、やりとりもスムーズに進んだ。欧米人に人気のあるこのゲストハウスは屋上から眺めるフォートの景色がとてもよく、ボーパは毎晩同じプログラムを演奏しているせいか、誰も演奏には無関心のようで観光客はフォートを背景した撮影に興じていたが、自分に取ってはその方が気兼ねなく撮影できるので却って都合がよかった。

 パプー・チマンラム Papu Chimanram と名乗るボーパとボーピー役の妻、そして若いドーラク奏者と妹の踊り子から成る四人編成の楽団である。パプーとドーラク奏者のケワスKewas は親子関係のようにも思えたが未確認。このセッションは準備段階から雑談を交え、終始まったりと進行してなかなか心地の良いものだった。十一歳の少女の踊り子アムリ Ammuri と挨拶を交わしたときは、どこにでもいる普通の楽士の子どもと変わらず特に印象には残らなかったのだが、化粧を施し黄色いドレスに着飾るや否や、可愛らしく変身して目を見張った。彼女の存在感はこのセッションに色を添える存在として、かなり重要な役割を果たしていると思う。


Raj_038b

 セッションは雑談の合間にぽつりぽつりという緩いペースで行われた。楽曲は「ビーロ・バンジャロ・レ(バンジャラ族の兄弟)」Biro Banjaro Re だけをリクエストして、あとは彼らにお任せで演奏してもらった。演奏前に楽曲の内容を丁寧に説明してくれたのは親切だ。ラーヴァンハッターを弾きながら歌うパプーの歌声も、ヴェールで顔を隠してかけ合うボーピーのパールヴァティー Parwati の歌声も共にざらついた太い声で、典型的な土着的なラジャスタン音楽そのものの印象を受けた。いざ撮影を始めてみると、歌や表現に関してはどこか物足りない印象は拭えなかったし、全体的に照明が暗かったため意図した構図で撮れない。ボーパの踊りを観るのは初めてだったこともあり、歌の傍らで踊っているアムリをクローズアップした撮影に切り替えることにした。
 アムリの舞いはグーマーを基調といたゆるやかな旋回の踊りだが、タール砂漠で観たジョーギーダンスとも違い、首を左右に器用に動かしたりメリハリの利いたリズム感が印象的である。多くの白人観光客を相手にしてきた経験からか、彼女は妙に大人びていて、いつも笑顔を絶やず、楽曲の最後にお辞儀をするといった、他の土着的な砂漠の楽士には見られなかった洗練された所作に驚かされた。むろんその分を含めてチップは上乗せしてあげた。このインドで育ちの良さそうな楽士の子どもに出会うと、なぜか安心するし、将来に一筋の期待があるかのようにも思えてしまうのだ。

 彼らはアジメール出身で、現在はアジット・バワン・ホテル Hotel Ajit Bhawan近くのガソリンスタンド周辺のテント集落で暮らしているという(集落の名前は分からないようだった)。絵解きを見せてやるから、是非遊びに来いと誘われたのだが、後日電話でアポを取ったにも関わらず(彼らも携帯電話を持っているのだ)、滞在ゲストハウスには来なくて約束をすっぽかされてしまった。当日もそれ以降も取材で忙しく歩き回っていたので、結局彼らの絵解きは観ることができなかったが、彼らのザラついた声の質感からどんな絵解きをするかはなんとなく想像できる。彼らは典型的なボーパという印象が強かった。


(写真上:品が良く可愛い笑顔が印象的な少女の踊り子アムリ(左)と、土着的な歌声を持つリーダーのパプー・チマンラム(右))
(写真下:パプー・チマンラム(右)、ボーピーのパールヴァティー(中央)そしてドーラク奏者のケワス(右))

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PAPU CHIMANRAM BHOPA (at Haveli Guesthouse in Jodhpur, 08.Mar.28)
01. Kohlu (Pabuji's Telling Story)
02. Biro Banjaro Re
03. Holi Yame Udere Gulal (Holi Song)
04. Goomar Song (the girl married to Jasol, near Barmer)

※赤文字が今回DVD作品化

Raj_037

 ジョードプルの時計台近くの商店街に、たくさんの竹に囲まれて籠(かご)や箕(み)などの竹細工を製作するコミュニティを見つけた。カルベリアの一派に竹の伐採(と石臼つくり)を生業とするメワーラ・カルベリア Mewara Kalbelia というコミュニティがいるし、日本のサンカ(山窩)やアルメニアのボーシャなど、世界の放浪民族は竹細工の製作で生計を立てていたという歴史もあるため、このコミュニティもカルベリアやジプシーと何か関連があるのではないかと思った。

 作業中の彼らに声を掛けると、英語でのコミュニケーションが難しいようで、道の向かいの店で尋ねて欲しいと身振りで伝えられる。本ブログの前回記事「#036:バングル職人ラカーラに会う」のバングル職人と出会ったのもこの出来事がきっかけだったのだ。
 バングル職人に、彼らは竹細工師のジャーティ、バーンスポード Bansphod なのかと尋ねると、ガンチャ Gancha だと言う。そして彼らはカルベリアとも関係がなく、また楽器を演奏することもないということだ。

 ガンチャはバーンスポードと同じく伝統的に竹細工師を生業としており、ラージプートを祖先と主張するアウトカーストの存在である。ヒンドゥー教を信仰している。共同体の中に宗教的な力を持っているとされるボーパ(聖職者)を抱えている。カースト会議でものごとを決める。物語や歌の豊富な口頭伝承を持っている、等でバーンスポードとの共通点を持つ。
 そしてガンチャはチットールガル(チットール)をその起源としており、現在はウダイプール、バーンスワーラー、アジメール、チットールガル、ブーンディー、ジョードプル、コーター、そしてビールワーラーの広範囲で暮らし、特にウダイプールに集中している。ノンベジタリアンだが牛肉は食べず、トウモロコシと小麦を主食とし、野菜は時々、フルーツはまれに食べるとのこと。男性はアルコール飲料、特にマフア酒を好む。彼らは村から離れた場所に小さな集落を作って暮らしている。竹籠作りの仕事は男性だけでなく女性も従事することがあり、他に使い走り(メッセンジャー)のような仕事をすることもあると言う。


(写真:ジョードプルの時計台近くで見かけた、籠作り職人ガンチャのコミュニティ)


Raj_036

 ジョードプルの旧市街、シティポリス近辺にはバングル職人の工房と店が密集しているエリアがある。バングルとはインドやアフリカの女性が用いるアクセサリーであり、おもにブレスレットとして手首にはめる装飾品として普及している。インドではラカーラ Lakhara (Lakhera, Lakhwara, Lakoshkkar, Lakhapati) と呼ばれるコミュニティがバングル、腕輪、ネックレスなどのアクセサリーの製造と販売を担っている。
 ラカーラのラク Lakh とは、塗料原料に用いられるカイガラムシの分泌する樹脂状物質のことを意味し、バングルを着用したいというパールヴァティー神の願いを叶えるために、シヴァ神によってラカーラが創造されたと伝えられている。多くはジャイサルメールに暮らすが、ウダイプール、ビールワーラー、そしてチットールにも集中している。

 取材をさせてもらった男性はヒンドゥー教徒ではなくムスリムだそうだ。ジョードプルのこの一角では、ラカーラのヒンドゥー教徒とイスラム教徒の割合は半分半分とのこと。この取材撮影はある出来事がきっかけとなって彼と出会い(次回で触れます)、コミュニティが密集しているシティポリス近辺のエリアからは少し離れた時計台近くの彼の作業場で行った。

 すりこぎのような道具を用いて、ゴムの木から抽出した数色の塗料を炭火で溶かして塗り込み、それを回転させながら木ベラで細く伸ばし、適当な長さに切って円状に繋げて完成。一個作るのに所要時間はわずか四十秒程度。このようなゴム製のシンプルなデザインのバングルの場合、日に百二十個程度作ることが可能だと言う。だが金属製のものや、派手なデコレーションを施した豪華なモデルは大量生産というわけにはいかないようだ。

 ジョーギーやカルベリアの女性たちは、このバングルをかなりオシャレにコーディネートしていて、映像作品『ザ・ラジャスタン~砂漠の表現者たち』でも、その美しい装飾品をアップでじっくりとご覧頂くことができる。また少数民族の既婚女性が上腕部にはめる象牙(もしくはプラ製)の腕輪は、アクセサリーであると同時に婚姻期間を示すものであり、結婚後、年次毎に増やしていく。十個装着されていれば、結婚歴十年と言うわけなのだ。


(写真:バングル職人ラカーラの制作風景。手慣れた作業で鮮やかなバングルをどんどん仕上げて行く)

Raj_035

 ラジャスタン地方は砂漠の土地であるため、水はたいそう貴重なものである。ジャイサルメールにはガディサール湖という大きな人造湖があり、ジョードプルの旧市街でも数カ所で貯水池を確認した。郊外でも湖をいくつも見かけ(人造湖か否かは不明)、砂漠の民にとっての貴重な水源となっている。

 ラジャスタン地方の水道の普及がどれほどなのか分からないが、宿泊施設など人の出入りが多い施設には、屋上などに黒い大きな貯水タンクが置かれている。月に一度やって来る政府の給水車から水を購入するというシステムになっている。五百リットル(通常のタンクの容量)で二百ルピー。

 砂漠の村落部では貯水タンクなどという利器はないため、涼しい早朝や夕方に水を汲んだ素焼きの壺を頭に載せて歩く女性たちを多くみかけた。壺は口が狭く胴が広い構造のため気化熱が奪われて、暑い砂漠の土地でも驚くほどよく冷える。初めて飲ませてもらった時には、冷蔵庫から出してきたのかと思ったほどだ。

 また壺は貯水のためだけでなく、楽器としても使われる。南インドのカルナーティック音楽で使われるガタム Ghatam は直径三十センチほどの素焼きの壺で、口や側面を指や手のひらで叩いて様々な音色を出す打楽器である。さらにマトカ Matka はガタムよりも口が小さく、少々甲高い音が出る。ジャイサルメールやジョードプルの民族博物館で、ガタムよりもさらに大きな壺の楽器をいくつか見た記憶があるのだが、名前は失念してしまった。壺はインドだけでなく、イランのジャフレ、ナイジェリアのウドゥなど、中東やアフリカの砂漠地帯でもしばし用いられる重要な打楽器なのである。

(写真:砂漠地方ではなくてはならない水タンク)

Raj_034

 半信半疑のまま、アポと取った翌日にカルベリアの時計台無料イベントの打ち合わせをすることとなった。サダルマーケットの時計台はジョードプルのランドマークであり、その周辺にはマーケットが密集していて人の往来が激しいこの街で一番繁盛しているエリアでもある。ホーリーやジョードプル・フェスティバルもここでステージが組まれ、その音楽プロデューサーも今回会うことになったビシュヌ氏が担当しているのだ。

 滞在ゲストハウスから歩いて数分のところに、音楽プロデューサーのビシュヌ・チャンドラ・プラージャパティ氏 Vishnu Chandra Prajapati の事務所があった、寺院を思わせるような広々としたスペースの一角に小さな椅子と長机が立ち並んでいる。小学校も併設しているらしく、彼は教師も兼業しているとのこと。
 自己紹介を交え、これまでの事の経緯を説明して、新しく撮影するカルベリアを探していることを告げる。ビシュヌ氏もジョードプルでは、カルベリアのコミュニティはカル・ナートの村以外には存在しないと言う。
 さらに「カルベリアのイベントをやるつもりだったが、昨日連絡を取ってみたのの、急な話でダンサーが集まらなさそうだ。悪いがこの話は流してもらいたい」とビシュヌ氏から告げられる。初めから実現するとも思っていなかったので、特に落胆はしなかった。これがいつものインド式コミュニケーションなのだ(だがこの記事を書いている今となっては、どうやってカルベリアたちを集めようとしたのかを尋ねればよかったと思う、おそらくカル・ナートの伝だとは思うのだが・・・)。

 ガイドのニッキールが勝手に嘘をついた「職業はテレビ局のレポーター」をどうやって訂正しようかと思い、「昔バイトでやっていた程度だ」と適当に流しておくことにした。ニッキールは、数日前のサンジート・ナタック・アカデミーの館長のマーダン・モーハン・マチュール氏との打ち合わせの直前にも「自分が全部仕切るから何も話さないで欲しい。英語を話せないことにしておいて欲しい(元からそんなに堪能ではないが)」と打診されたが、いざ打ち合わせが始まると、そんな約束とは裏腹に全く普通に会話をしながら進行していった。ニッキールが何を考えているのか時々分からないことがある。
 
 ビシュヌ氏はイベントが出来なくなったことを侘び、先月の二月に開催されたばかりのジョードプル・フェスティバルの映像をVIDEO-CD(インドではこの規格がまだ多い)で観せてくれたのだが、オーディエンス・ショットにも関わらず、予想以上に興味深い内容だった。クラシックカーでのパレード、サハナイ Shanai というチャルメラの様な音を出す吹奏楽器と打楽器ドーラクの合奏(この楽士はランガではないそうだ)、特産物や工芸品の展示即売会の様子などなど。
 そして夜間の部の特設ステージによる、ラジャスタン地方の様々な民族芸能のパフォーマンスが非常に強く印象に残った。フェスティバルの定番、カル・ナート・カルベリアのパフォーマンスも観られたが、大真面目にプーンギーを吹いているカル・ナートが先日のセッションとは別人のように見えて可笑しかった。ビシュヌ氏は彼らをチャーターした金額を聞いて「よくそんな安値で応じてくれたものだ」と感心していた。
 ヒジュラのコミカルな歌や舞も面白かったが、一番印象に残った芸能はファイヤーダンスだった。軍服を着て横ばいになり、腰廻りに火をつけ、メラメラと燃えさかる火に包まれて愛の歌を歌うこの危険なダンスは、かなりのインパクトがあった。これは実際に観たらさぞかし感銘を受けるに違いない。

 ニッキールは都合で退席したたものの、ビシュヌ氏と雑談を交えながら、結局一時間以上映像を観せてもらった。ラジャスタンの大規模な芸能フェスティバルでは、ジャイプル・ヴィラーサト・ファウンデーション Jaipur Virasat Foundation (JVF) とメヘラーンガル・ミュージアム・トラスト Mehrangarh Museum Trust の共催により、二〇〇七年から開始された「第一回ラージャスターン国際民族祭 Rajasthan International Folk Festival (RIFF) 」が十月にジョードプルのメヘランガル城塞で開催されたのが記憶に新しいが、毎年二月に開催されるこのジョードプル・フェスティバルは町内会イベントのような、より親しみやすいプログラムで楽しそうだ。

 別れ間際に、日本でイベントをやる機会があれば是非相談して欲しいとビシュヌ氏から名刺を渡され、フランス語も堪能でさらにダライ・ラマにも謁見したことがあるという、立ち振る舞いが少し大人びた彼の息子に途中まで送ってもらった。


(写真:人なつこいガイドのニッキール(左)と精悍な印象を受けた音楽プロデューサーのビシュヌ・チャンドラ・プラージャパティ氏(右))

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Vishnu Chandra Prajapati (President of Cultural Development Society)
Near Mehta Market, Naya Bass,
Jodhpur, Rajasthan, INDIA



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