
マンガニヤールとジョーギーの次にボーパを撮ることにした。
ボーパ
Bhopa はグジャール族の一派であり、家々を門付けし喜捨を乞い、招かれて絵解きをして稼ぎを得る伝統的な放浪芸人である。ラージプートの英雄の生涯を色彩豊かに描いた幕(パド)を前に、その由来・縁起について絵解き
Pabuji's Scroll をしながらうたい、踊り、かけあう大道の芸能である。幕にはラージプートの英雄神(パブジー
Pabuji)の武勇伝が描写してあり、彼らボーパのことを正確に言うと、パブジー・キ・パドという絵解きをする人々のことである。ヒンドゥー教を信仰。ラジャスタン地方のスィーカル、ジュンジュヌー、チュールー、ナーガウル、ジョードプルに多く暮らしている。
男の方はボーパ、女はボーピーと称する。ラーヴァンハッター
Ravanhatta という独特な弓奏楽器を弾き語りしながら踊る。妻は終始顔を布で隠しながら夫との歌とかけ合う。ラーヴァンハッターはココナッツの殻の小さな胴体に太めの竹製のネックを差し、二本の演奏弦(一本は馬の尻尾の毛、もう一本は金属製)と二十本近い金属製の共鳴弦を持っている。馬の尻尾の毛を張った弓の先のほうには数個の小さな鈴がついていて、弓を引くときの手首の返しでシャンシャンとリズムが取れる(参考資料「ジプシーの来た道/市川 捷護(白水社)」※一部を修正引用)。
ジャイサルメール中心部の東側の商店街のサダール・バザール
Sadar Bazar には、店主曰くこの街で唯一の音楽専門店「ヴィッキー・デサート・ドリームス」
Vicky Desert Dreams がある。入り口にはカルタールやドーラクなどの民族楽器やインド製のGivson社のギターが展示してあり(関連ブログ過去記事:
今日のコイデ「インドのギター」)、店内にはCDや書籍も多少置いてあったような記憶がある。さらに店内には妹尾河童氏の「河童が覗いたインド」でも紹介されていたウダイプール産のミニチュア・テンプルを始めとしたキッチュな土産物も売っている。
この店の奥の倉庫には結構な数の民族楽器が保管してあり、バパング
Bhapang と呼ばれる円筒形のボディから一本の弦が延びている弦楽器の情報収集をしていたところ、偶然にこの倉庫で現物を見せてもらうことが出来た。演奏が難しい楽器らしく、演奏者はカノイ村にはいるが、おそらくジャイサルメールの街中にはいないのではないかとのこと(さらに情報収集を続けたところ、カラカールコロニーに暮らすアラディン・カーン
Aladin Khan というマンガニヤールの演奏者の名前まで辿り着いたのだが、時間の都合で結局訪問ができなかった)。バパングは「
ジプシーのうたを求めて(ビクター)」「
The Dhoad Gypsies(ARC Music)」など、いくつかの市販CD音源でそのコミカルな演奏を聞くことは可能だ。
ヴィッキー楽器店の店主曰く「ジャイサルメールの街中にはホンモノのミュージシャンはいない。皆ツーリスティックで、金銭目当ての奴ばかり。本物を探すなら村に行く方が良いだろう」と通ぶる。彼の言い分は分からないまでもない。実際にカノイ村や放浪民たちの音楽は素晴らしかった。そして前回の滞在で行った街中での撮影セッションを思い浮かべると、今回の楽士に比べどこか物足りない印象が残ったこともまた事実である。だが「本物」「偽物」は主観的な感性に基づく判断であり、物事の本質とは相容れない。街中のレストランで演奏している楽士の中には、周辺の村からジープで送迎されてくる者たちも多いと聞く。そして前回の滞在に比べて、今回の方が楽士に対して切実な想いで接している分、彼らの素晴らしい側面がやっと自分にも見えてきたという理由も大きいようにも思うのだ。
このジャイサルメールの街中にも、まだ素晴らしい表現者はいるのではないか。ただぼくが気付いていないだけなのではないか。
(写真:ボーパが絵解きに用いるパドの一部。長さ三メートル、高さ一・五メートルほどの幕であり、パブジーの武勇伝が描かれている)

VICKY DESERT DREAMS
Sadar Bazar, Jaisalmer,
Rajasthan, INDIA 345001
2008/09/08
『ザ・ラジャスタン』音楽紀行
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ガディサール湖畔の木陰でしばらく寝転がっていると、どこからともなく弓奏楽器カマイーチャ
Kamayacha の柔らかな音色が聞こえてきた。カマイーチャと言えば、前回もカラカール・コロニーで暮らすマンガニヤールのディーヌ・カーン
Dinu Khan のセッションが記憶に新しい。ハルモニウムが伴奏楽器としての役割を担うようになってきてからは、カマイーチャは年々継承者が減ってきて、今では演奏するのは高齢者だけという稀少な楽器となってしまっている(過去映像作品:
manganiyar, rajasthan folk - vol.1(YouTube)をご参照)。丸い胴体はマンゴの木、ヘッドは象牙、弓は馬の尻尾、メロディを奏でる三本の太弦は山羊の腸弦、十数本の共鳴弦は金属弦を使用している(さらなるカマイーチャの詳細については、本ブログの過去記事「
私説ロマ:マンガニヤールの使用楽器」をご参照いただきたい)。
ディーヌのカマイーチャは壊れていたため、かなりアバンギャルドな音を出していたが、この湖畔から聞こえている音色はなかなか美しく、うっとりと聞き惚れてしまう。モンゴルの馬頭琴が「草原のチェロ」と形容されるなら、このカマイーチャはさしずめ「砂漠のチェロ」と言っても過言ではないだろう。
この砂漠のミッシャ・マイスキーは、バスー・カーン
Basu Khan と名乗る、ジャイサルメールの北西のサンセットポイント近くのブッダ・コロニーに暮らしている老人である。今回は通訳もいないので現地語しか解さない彼とコミュニケーションをするのは少し難儀だったが、こちらの撮影機材を一瞥(いちべつ)して目的を察してくれたようだ。
リベラルな小鳥の鳴き声に包まれながら、早速ジャイサルメールの楽士なら誰でも演奏できる有名な民謡「ゴールバンド」
を演奏してもらう。カマイーチャの太く優しい音色が、目覚めの一杯のマサラ・チャイのように爽やかに朝の湖面に反響している。ストリートが糞尿のカオスから開放された瞬間。そして歌が始まってさらに惹きつけられた。老人とは思えぬほど張りのある爽やかな美声で朗々と歌い上げるではないか。老人と小鳥の爽快なコラボレーション。ときおり自由になった左手を左右に振って感情表現するのもコミカルで楽しい。インド古典舞踊でも見られるように、手の所作で感情表現することはまさにインドの芸能や芸術表現にはなくてはならないものである。
二十分ほどのセッションが終ったころに、白人の団体客が湖に訪れてきた。バスーはここぞチャンスとばかりに、これも老人とは思えない機敏な素早い動きで、彼らが集っている湖上の祠(ほこら)へとすぐさま移動。その臨機応変な変わり身の速さが可笑しい。
さて今日も彼はたくさん儲けただろうか。
(写真:バスー・カーンと彼の名前を胴体に記した弓奏楽器カマイーチャ)
BASU KHAN (at Gadisar Tank in Jaisalmer, 08.Mar.16)01. Gorbandth02. Moomal
03. Nimbla
※赤文字が今回DVD作品化
2008/09/05
『ザ・ラジャスタン』音楽紀行
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インドの朝が好きだ。
肌寒いひんやりとした風が、旅で疲れ気味の体を包み込みように優しく愛撫する。夜を楽しんだ野良犬たちはやっと眠りにつき、ラジャスタン地方の独特なファッションであるチョーリー(ブラ)とガーグラ(スカート)や、眩い色のサリーに身を包んだ女性たちは、まるで儀式のように厳かに家の掃除を始める。気狂いの大合唱のようなリクシャーの交通騒音もしばし鳴り止み、しんみりとした静寂の中で石造りの歴史的な建物をぼんやりと眺めていると、中世にタイムスリップしたかのような錯覚に陥ってしまう。おそらく本日の日中も猛暑になるのだろうが、今この安らかな時間帯にはとうていそんな風には思えない。密度の濃い空気が充満するこのひとときには、人々のこころを美しく浄化する不思議なエネルギーが満ち溢れている。
カフェの匂いに包まれるヨーロッパの朝も好きだった。イタリアのエスプレッソ、スペインのカフェ・コン・レチェ、ポルトガルのビッカ、フランスのカフェ・オ・レ、クロアチアのカヴァ・サ・シュラゴム、そしてこのインドではマサラ・チャイと言いたいところだが、どうやらストリートの糞尿の臭いの方が勝っているようだ・・・。
ジャイサルメールの楽士たちは、練習も兼ねて涼しい早朝から演奏活動をする。早朝に彼らの演奏を観られる主なスポットは、街の北西の有料サンセットポイント、貴族や富豪商人の豪華な邸宅だったハヴェリーの中で最大のパトウォン・キ・ハヴェリー
Patwon Ki Haveli、フォートの南西に位置する人工貯水池ガディサール湖
Gadisar Tank などが挙げられよう。
前回の滞在でも風光明媚な景観が印象的に残ったガディサール湖で楽士を探してみることにした。八時を回った頃にリクシャーで現地に行ってみたものの、どうも早く来過ぎたようで楽士はまだ誰も来ていない。ごろりと横になってリベラルな小鳥たちのさえずりをBGMに、水辺で沐浴する老人や洗濯をする男を眺めながら楽士待ちをすることにした。(次回に続く)
(写真:朝のガディサール湖畔にて。平和なひととき)
2008/09/03
『ザ・ラジャスタン』音楽紀行
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ジャイサルメールの街中には確認しただけでも三つの大きな歴史資料館がある。ガディサール湖近くの民族博物館、ツーリスト・レセプション・センター近くの砂漠文化センター&ミュージアム、そして街の西側に位置するジャワハール・ニワス・ホテルやムーマル・ホテルといった高級ホテルが立ち並ぶエリアにある政府博物館。前者ふたつは民族楽器や各民族の調達品などが詳細に展示されており、前回の旅でも大変参考になった。民族博物館は日本人の著名な写真家が設立したそうである。政府博物館には訪れていないが、化石類が多く展示されているようで、タール砂漠が海だった頃の大昔に思いを馳せるのも楽しそうだ。
今回の滞在では街中で偶然に「タール・ヘリテージ・ミュージアム」
The Thar Heritage Museum という小さな博物館を見つけた。アマル・サガル門の東に位置するガンディー・チョウク
Gandhi Chowk から東側の商店街へと延びるメインストリートを数十メートル歩き、最初の路地を右折、正面に見えるカメラ屋の二階に博物館の入口がある。
この博物館は、ラクシュミー・ナラヤン・カトリ
Laxmi Narayan Khatri というジャイサルメールの歴史や建築を研究している作家の私蔵コレクションによるものであり、彼が十代のころからコツコツと集めてきた化石、らくだや馬の装飾品、歴史的な料理道具、版木、施錠、さまざな書籍、貨幣、その他厖大な量のアンティークが整然と展示されていて、よくぞここまで自力で集めたものだと感心してしまった。二〇〇七年に土地の文化遺産の保存に貢献されたものに与えられる
The Sanskriti Dharmi Award を、ジャイサルメールの行政長官から授賞されたそうだ。
館内で印象深かったのが、ラージプートの種族のひとつバーチ族
Bhati が戦いに使用した武器や、サーランギーやカマイーチャなどの古い楽器、ボーパが絵解きで使う年代もののパド(幕)、当時の民族生活が描かれた絵画などである。
歴史にはてんで疎い自分なのだが、好戦的なラージプートたちが支配していた八〜十二世紀、彼らの戦いの祝福を歌や踊りという芸能で讃えていたこの時代が、砂漠の楽士たちを始めとするラジャスタン地方の芸術家たちとって、最もエキサイティングな時代だったのかもしれない、と、勝手な妄想が膨らんでしまった。
入場料(名目は
Admission Contribution)は四十ルピー、写真撮影二十ルピー、ビデオ撮影五十ルピー。「君はアーティスト(厳密に言えば違うのだが)だからタダでいい」と館主のラクシュミーは言ってくれたが、白人の女の子がチップを支払っている横でふんぞり返っているのもどうかと思ったので、二十ルピーだけ寄付した。
(写真:タール・ヘリテージ・ミュージアムにて。たった一枚の写真が映像よりも多くを語ることがある)

The Thar Heritage Museum
Near Bhatiya News Agency,
Gandhi Chowk Road,
(Street Opp. Laxmi Pustak Bhandar)
Jaisalmer, Rajasthan, INDIA
2008/09/01
『ザ・ラジャスタン』音楽紀行
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Everyone needs a quest as an excuse for living. Bruce Chatwin 誰もが生きていく言いわけに放浪を必要とする。 ブルース・チャトウィン マンガニヤールと放浪ジョーギー、無謀にも一日にふたつの撮影セッションを行いクタクタに疲れてしまったが、斜陽の帰路のジープではサスペンションの振動に揺られながら心地よい疲労感に浸っていた。連なるブッシュや岩場が流れていく砂漠の風景をぼんやりと眺めていると、ふとイギリスの旅行作家ブルース・チャトウィンのことが頭を過ぎる。サザビーズの鑑定士を辞職後、新聞社のジャーナリストを経て、世界中の秘境を旅する冒険生活に人生を費やし、四十八歳でエイズで世を去った才能溢れる伝説の作家である。
チャトウィンは生前『パスポートを紛失することは別になんてことはなかったけれど、自分のノートを失くすというのは破滅を意味していた』と、愛用の手帳モレスキンのことを語った。モレスキンと言えばゴッホやマティス、ピカソさらにはヘミングウェイも愛用していた手工業によるフランス製の手帳である(現在はイタリアのModo & Modo社が復刻販売)。
ぼくのモレスキンは、撮影セッションの記録用として使っている百円ショップの手帳である。撮影機材の入ったリュックから瞬時に取り出せすためにも、一回の旅で使い倒すためにも安物の方が都合がよい。そこには楽曲名、メンバー名、ギャランティ、撮影場所、撮影時間、その他出会った人から聞いたどんな小さな情報までも書かれてある。走り書きのため自分で書いた文字が読めないこともあるし、相手に代筆してもらうことも多いので、毎夜ゲストハウスで日記帳に転記することを日課としていた。万が一、紛失をしたときに被害を最小限にするためでもある。
だが一番大事なモレスキンは撮影済みのテープである。これをもし失くせば、ぼくも破滅を意味する。よい撮影が出来た時はうれしい反面、テープを紛失しないためにさらに神経を尖らせることになる。小心者の旅は身も心もいつもクタクタなのである。
チャトウィンのように強靱な精神と好奇心で旅が出来たら、彼のように聡明な文章が書けたらと思うことがあるが、どうやら自分にはそんなセンスの欠片さえも持ち合わせていないらしい・・・。でも彼とぼくとを繋ぎ合わせるひとつの切実なテーマがある。「放浪」だ。旅が終わりやっと日本に戻ってきても、しばらくは腰の座りが悪い日々を過ごす。またすぐにでもどこかに旅立ちたいという衝動に駆られ、そのまま消えてしまっても構わないとすら思う。自分が放浪者に最も近づける瞬間。十五万年前にアフリカからホモサピエンスが旅立って以来、人類の奥底には放浪の遺伝子が備わっているといっても過言ではない。そして死ぬまで肉体的にも精神的にも、理想郷を追い求める人生ほど純粋で美しいものはないように思う。
チャトウィンや砂漠の放浪人のように、旅と日常の境界線が曖昧な領域で生きている人たちは、定住者にはあずかり知れないような人生の極意を習得してしまっているのかもしれない。
(写真:クーリー村にて。ジャイサルメールはラクダの皮製品も特産品だが、手頃な小さな皮手帳は見つからずじまい)
2008/08/29
『ザ・ラジャスタン』音楽紀行
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