
ジャイサルメール市街を出発して四十五分ほどでカノイ村に到着した。市街からこの村までは舗装された一本道で、気温さえ高くなければリクシャーでも充分に来られる距離であろう。ひっそりと落ちついた趣の閑静な集落をさらに奥へと突き進み、シンプルな石造りの小さな家屋の前にジープを停めた。ドライバーのアユーブがこの村で一番オススメするマンガニヤールの楽士、クーダバックス
Khudabacks の家である。楽士たちと挨拶を交わし、六畳ほどの家屋の中に案内される。みんな陽気で友好的に応対してくれたため緊張も和らいだ。とある社団法人の招致で日本でも演奏したことがあると名刺を見せてもらう。日本公演は彼らにとって楽しい経験だったそうだ。
砂漠の楽士たちは、ヴァルナに属さないアウトカースト(アチュート、アンタッチャブル)の存在である。インド人の浄不浄の概念は目に見える汚れとはまた違った、カーストから派生する精神的・観念的な側面が強い。大戦後の一九四七年のインド独立時にカースト廃止、四九年にアウトカースト撤廃が制定されたものの、何千年も続いてきた宗教的イデオロギーが、法の力ごときでそう簡単に変えられるわけはなく、現在でもカースト制度はインド社会の重要なシステムとして、地方や村落部を中心に依然その力を持ち続けている。
このカノイ村でも象徴的な光景を目の当たりにした。平民カーストであるコーディネーターのカマルは絶対に部屋の床に座ろうとはせず、楽士とも目を合わさず距離を置いて窓の枠に腰掛けて外ばかり見つめているし、ドライバーのアユーブも部屋の奥には入りたがらずに入り口近くで待機している。ぼくは楽士たちに会えた喜びで舞い上がっていたので、居心地の悪そうな二人をあまり気にしないようにした。
楽士たちにインタビューをして、楽器についていくつか情報を得ることが出来た。マンガニヤールの使用楽器については、本ブログの過去記事「
私説ロマ:マンガニヤールの使用楽器」をご参照いただきたいが、今回新たに分かったことを以下に追記しておきたい。
● 村で唯一のサーランギ奏者であるサダク・カーンは残念ながら二〇〇六年に死去。彼の弾いていた弓奏楽器サーリンダ
Sarinda(サーランギを一回り小さくした楽器)を実際に見せてもらったが、音も酷く外観も古ぼけていて誰にも弾かれていないという印象を受けた(サーランギについては、ランガを話題にした後記事で詳しく述べる予定です)。マンガニヤールが用いる弓奏楽器ではカマイーチャが知られているが、こちらも後継者がだんだんと減り、今では数える程度の老人しか演奏する者がいなくなったという。
● 打楽器カルタール
Kartal はシッサム
Seasam やロヒダ
Rohida (Tecomella undulata) と呼ばれる木を材料としており、演奏技術の取得には最低でも六ヶ月以上の期間を要するとのこと。
● メンバーの打楽器奏者グルジャ・カーン
Guljar Khan によると、両面太鼓ドーラク
Dholak には山羊の皮を使用しているが、面積の大きな打面にはオスの皮を、もう片側の小さな打面にはメスの皮を使用している。演奏面の皮の裏側にはマサラを塗布するが、彼のマサラは自転車のチューブを焼いたものにマスタード・オイルを混ぜたものを使用しているそうだ。マサラとは本来「混ぜ合わせたもの」を意味する言葉であり、他にも米の糊やタリマンドの樹液、マンガンなどの金属粉を混ぜた黒いペースト状のものだったりと、プレイヤーの音の好みよって配合するものが変わるのがインド的で面白い。
楽士たちが楽器を代々継承するのは、単に経済的な理由からだけではないように思われる。クーダバックスが弾くハルモニウム
Harmonium は曾祖父の代から永く継承されてきたものであり、楽士にとっての楽器とは単に演奏する道具というだけでなく、民族としての血を継承する重要なアイデンティティに他ならない。奏でる音の歴史や重みを深く感じさせられる。前回撮影したディーヌ・カーン
Dinu Khan の例を挙げれば、彼の弓奏楽器カマイーチャは七世代、三百年以上に渡って引き継がれていたものだった(過去映像作品:「
manganiyar, rajasthan folk - vol.1(YouTube)」をご参照)。ディーヌのカマイーチャは壊れていたため音はアバンギャルドだったが、代々受け継いできた楽器を捨てることは血統を捨てることと同義であるかのように思える。
このタール砂漠では理想の父親像はまだ生きている。親から子へと受け継がれていくべきものが、今の過剰な情報化社会の日本には果たしてどれだけ残されているのだろうか。平面的な情報で肥大化している脳に、血が貴重な経験として立体的に注がれる余地が果たしてどれだけ残されているのだろうか。クーダバックスが代々受け継いできた古びたハルモニウムを目の前にして、少し考えさせられてしまった。(次回に続く)
(写真:カノイ村のマンガニヤール、クーダバックスのメンバーたち)
2008/08/15
『ザ・ラジャスタン』音楽紀行
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ラジャスタン地方には数多くの伝統芸能や民族芸能があるが、ジャイサルメールではその中でもマンガニヤール、ボーパ、ジョーギー、カルベリアの土着的な民族音楽や舞踊を撮影したいと思っていた。まずはマンガニヤールだ。
マンガニヤール
Manganiyar は 音楽を生業とするコミュニティーで、バールメールやジャイサルメールに数多く存在し、またパキスタンとの国境を越えて存在している。彼らの大部分はスンニ派のイスラム教徒であるが、ヒンドゥーのパトロンたちに仕えて生活を営み、インド独立後から現在に至っては、祭りや結婚式などでも演奏したり門付けや物乞いによって生計を立てている。マング=物乞い、ハール=暮らし、の合成語にその名は由来し、「世界の創造と破壊を司るヒンドゥーの神」シヴァによって創造された民を自ら名乗る。大変高度な口頭伝承の文化を保ち、世代を通じて伝達されている数々の歌や、使用する楽器(弦楽器カマイーチャ、両面太鼓ドーラク、打楽器カルタールなど)は典型的で地方色が強い。(参考資料「ジプシーの来た道/市川 捷護(白水社)」※一部を修正引用)
前回の滞在でも、ゲストハウスやカラカール・コロニー(芸人居住区)のヒルトップでマンガニヤールのセッションを撮影したが、細菌性の下痢を伴う酷い体調での撮影だったため、余裕がなく全く楽しめなかった。ジャイサルメールにはこのカラカールコロニーと街の北西部の二箇所にサンセットポイントがあり、両者とも雄大なフォートを背景にした構図では日没前の太陽の位置がほぼ逆光に近く、プレーンな画を欲する通常の撮影ではあまりよい結果にはならない。今回は街中で撮りたいと思うシチュエーションも特に思い浮かばなかったので、楽士の質が高いとされているカノイ村のマンガニヤールに会いに行くことにした。
コーディネーターは滞在ゲストハウスのオーナーのカマル。前回も同じゲストハウスに滞在して気の置けない間柄だ。ジープのドライバーはアユーブという寡黙な男を紹介してもらったが、彼が楽士の情報網を持っていて実によい仕事をしてくれた。TATA製の4WDジープに乗って街の西に位置するカノイ村を目指す。三月中旬とはいえ、出発した午後過ぎはもう四十度を超える暑さだ。
走ってすぐにガソリンを補給。ガソリンの相場はジャイサルメールでは一リッターあたり五十三ルピー。ジョードプルでは五十一ルピー、デリーでは四十七ルピー(二〇〇八年三月現在)。砂漠に近づくにつれ値が上がる。原油高が進む今となっては相場がさらに高騰していることだろう。
十分ほど走ってムールサガル村近辺でいきなり停車。砂漠の中で数件の集落がぽつりと建っている幽闃(ゆうげき)な風景が印象的だ。どうやら定住しているジョーギーの集落のようである。子どもたちが数人車の辺りに集まってきた。ドアをロックしていなかったので、そのまま車内にまで入ってくるほどの勢い。その度にカマルが大声で叱りつける。それでも子どもたちは怯んだ様子もなく、ぼくから何か収穫を得ようと元気一杯にはしゃいでいる。逞(たくま)しい。
アユーブが集落の中の一件を訪問して、車の足元用のゴム製マットレスを購入してきた。ジョーギーはこんな仕事にも携わっているのかと意外な気がした。ジョーギーについては後の記事で詳しく述べるが、蛇つかいを生業とし、村から村へと門付けをするコミュニティーで、定住するグループと砂漠を周遊生活するグループ等がいるようだ。アウトカーストのため、両者とも村から離れたところにひっそりと住居を構えている。何もない砂漠の中にブッシュの屋根と石壁で造られた数件の小さな住居がぽつんと建ち並ぶ光景は、栄辱得喪(えいじょくとくそう)の垢にまみれて生きている自分には、排他性やもの寂しさよりもむしろ悠然とした仙境のような印象すら受けた。(次回に続く)
(写真:カノイ村へ行く途中に立ち寄った定住ジョーギーの元気一杯な子どもたち。財産を身につける風習を持つジョーギーだが、子どもですら装飾品や派手なドレスで着飾っている)
2008/08/13
『ザ・ラジャスタン』音楽紀行
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ジャイサルメール中心部の西側、アマルサガル門の近くのバスターミナル周辺にはロハール族のテントが連なっており、ここでモルチャングの製作工程を見学した。彼らの製作本数はモーハンよりも多く、たとえば父親と息子二人で一日にモルチャングを十個、ナイフなら二十本を鋳造するという。
彼らに放浪民族ガドゥリヤ・ロハール(ガディア・ロハール)族
Gadulia Lohar (Gadia Lohar) について尋ねてみると、やはり同族だと皆口を揃えて言う。以前は定住せずに荷馬車で放浪生活(現在ではルートが決まっている周遊生活)をしていたというロハールも、実際にこのテント集落の中でも何人かいた。ガドゥリヤ(ガディア)とはそもそも「荷馬車」の意味であり、ロハールは「鉄」ないし「銅」の意味である。今でもウダイプール近くのチットールガル(チットール)周辺などを周遊しているガドゥリヤ・ロハール族は、ルーマニアやブルガリア国境近くのトルコ北西部など、今では一部にしか見られなくなった荷馬車で移動する稀少な放浪民である。
このジャイサルメールにもガドゥリヤ・ロハール族は訪問するのかと尋ねてみると、めったに来ることはないがまれに近郊で数日滞在することはあるという。ジョードプルでも同じことを訊いてみたが、そちらでは近郊にすら来ないようだった。
ここでガドゥリヤ・ロハール族について少し説明したい。ウダイ・シン
Udai Singh が統治していたチットールガルがムガル朝の侵攻によって一五六八年に陥落、土地の人々はフォートを去りアラバリ山脈へと追われることになったが、ウダイ・シンの息子、マハラナ・プラタップ
Maharana Pratap が勇敢に戦い続け、父の失われた王国の幾らかを取り戻した。その時の軍隊で勇敢に戦ったのがガドゥリヤ・ロハール族だったのだが、さらなるムガル朝との戦いに結局は敗れてしまい、土地を追われたことから放浪生活を始めることとなった。現在の彼らはチットールガル、ダンガールプール、バーンスワーラーやウダイプールの広範囲で放浪生活をしている。
ガドゥリヤ・ロハール族がラージプートの末裔であるという名残は、彼らの衣服や装飾品がラージプートのそれと酷似していることからも伺い知れる。男性はジャビー
Jhavi もしくはアンガーキー
Angarkhi という襟無しのジャケットを着用し、ポティア
Potia というドットや花のモチーフでデザインされたカラフルな被り物を被り、女性は大きなモチーフが描かれた、より明るい色のドレスを着用し、ガーグラ
Ghagra というスカートを履き、カンチリ
Kanchili という腰巻をつけ、ルーグラ
Lugra と呼ばれる装飾品を身につけている。
本ブログの過去記事「
私説ロマ:インドの放浪部族」では、ガドゥリヤ・ロハール族がロマ民族のルーツのひとつであるかのようなニュアンスで書いてしまったが、実際に彼らが放浪生活を始めたのは十六世紀半ばからで、ロマ民族がインド北西部から西への流鏑の旅を始めた十世紀から十一世紀前半の時代よりも、かなり後の時代になって西を目指した可能性も否めない。

さてテント集落のロハール族に話を戻そう。
滞在していた三月中旬でさえ午前十時頃はじわじわ暑くなり始める時間帯で、さらにこの工房の一角は鋳造用の火を焚いているため、汗がドボドボと流れるほどの異常な暑さとなり、「熱い」といった方が適当かもしれない。モルチャングの鋳造を頼んだにも関わらず、しばらくはナイフばかり鋳造するので、熱さと相まってこちらもだんだんと苛ついてくる。再度しつこく頼み込んで、やっとモルチャングに取りかかってくれた。
建築現場で見かけるような直径十ミリほどの細長い鉄の棒を火で熱し、金槌で打ちつけ、鋳造する。この一連の作業を五十回以上繰り返すという。器用に金槌を操り、だんだんとモルチャングが形成されていく様には感動すら覚える。ひとつのモルチャングを製作する所用時間は三十〜四十分。撮影中にも打ち付ける火の粉がひっきりなしに体に飛んできて、皮膚に当たると飛び上がるほど熱い。その度に彼らがどっと笑うので、まるでコメディ映画の世界。ビデオカメラが無傷だったのがせめてもの救いだった。
(写真上:モルチャングの初期の製作工程。この単なる鉄の棒がだんだんと美しい形に変わっていく。鉄は熱いうちに打て!)
(写真下:鉄を打つロハール族の男たち。上下とも映像作品『
ザ・ラジャスタン〜砂漠の表現者たち』の未公開映像より)
2008/08/11
『ザ・ラジャスタン』音楽紀行
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アルゴザの演奏の後、モーハンの昼食を挟み、モルチャング
Morchang についてのインタビューをする。モルチャングは世界中に分布している口琴のインドでの名称であり、口琴とは金属や竹、木、木の皮、骨などで出来た弁を口にくわえて振動させて音を出す一種の体鳴楽器である。ラジャスタン地方のモルチャングは鉄製であり、ロハール族がこの楽器を製作している(モルチャングの詳細については、本ブログの過去記事「
私説ロマ:マンガニヤールの使用楽器」をご参照ください)。
またモルチャングに似ている民族楽器として、グラリア
Ghuralia (Ghoralia) という、指の長さ程度の五、六枚の竹の欠片を歯と唇で固定して息を吹いて音を鳴らし、繋がれたベルでリズムを出す体鳴楽器が、ラジャスタン西部のビール族、ガラシヤ族、メグワール族、マンガニヤール、ランガ、そしてカルベリアにも愛用されている。
モーハンの作るモルチャングはジャイサルメールの楽士の中では絶大な人気があり、一種のブランド商品という印象を受けた。滞在中に出会った楽士たちにリサーチしてみたところ、実際に彼のモルチャングを使用している楽士も幾人かいて、その評価も高かった。自分も購入して試してみたところ、なるほど適度な肉厚で安定感があり初心者でも弾きやすい。別のインド人に貰ったモルチャングは作りが荒くなかなか音が出せなかったが、モーハンのは十数分練習しただけですぐに音が出せるようになった。
製作本数は息子二人との共同作業でも日にわずか三個。ストリートのテントで仕事を営むロハール族はその三倍以上を作ることから、いかにモーハンがモルチャングを丁寧に製作しているかが伺い知れる。提示価格は二百五十〜五百ルピー(【注】価格は当時の調査によるものであり、必ずしも相場を示すものではありません)。装飾の有無やデザインの違いで値が変わる。高額なモルチャングは真鍮製で、上部に高級外車のエンブレムを彷彿とさせる贅沢な鳥の装飾を伴う。製作工程を見学したいと申し出るが、生憎この日は製作予定が無いようで願いは叶わなかったものの、後日別のロハール族のテント集落でじっくり見学することが出来た。
(写真:もはやブランド化しているモーハンのモルチャングの演奏風景)

Mohan Lal Lohar (Manufacturer of Morchang, Aloza, etc)
Near Geeta Ashram Lohar Colony
Jaisalmer, Rajasthan, INDIA
2008/08/08
『ザ・ラジャスタン』音楽紀行
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ダブル・フルートのアルゴザ
Algoza (Algoja) は通常竹を素材とするが、モーハンはケール
Keher という木を用いる。後で訪れたジョードプルの民族資料館の展示パネルでは、アルゴザの穴の数は五個と表記されていたがモーハンのは九個だった。さらにアルゴザと良く似ていて、ビール族やメグワール族が演奏するサタラ
Satara では五個だったり十二個だったりとまちまち。アルゴザとサタラの違いは穴の数にあるのかもしれないが、実際のところは良く分からない。ジョードプルのランガも自分の使うダブルフルートをアルゴザと言ったりサタラと言ったりするので混乱させられた。インド人は細かな違いについて尋ねても「一緒だ」と大ざっぱに答えるのが常なので、相手が知的な学者でもない限り正確な答えを期待できない。アルゴザについて後で調べてみたが、インターネットの情報も玉石混淆だ。
またサタラのドローン用の笛は(1)トニックを鳴らすもの(2)五度下を鳴らすもの、の二種類があるらしいが、アルゴザに関しては未確認である。ちなみにアルゴザもサタラも縦笛だが、バンスリ
Bansuri という六〜七穴の横笛もそれらとよく似ている外観で一層ややこしい。
アルゴザはラジャスタン州(特にトンクとアジメール)、パンジャビ州、マハーラーシュトラ州で使用され、別名をジョディー
Jodi (Jori)、ナゴザ
Nagoza (Ngoza) とも呼ばれ、サタラもアルゴザと同じ地域(特に砂漠地域)で使用され、グジャラート州のサウラシュトラやパキスタンのシンドではパワ
Pawa とも呼ばれている。
フランスのガイドブックにモーハンの工房が紹介されているらしく、彼のアルゴザは欧州観光客の土産として人気があるらしい。もはや世界区のアーティストとなったムサフィールなどのプロフェッショナルな楽士は、さらに鳴りが良いとされるムールサガル村の タガレムブヒール
Tagarembheelr のアルゴザを好んで使用するそうだが、後述するようにモーハンのアルゴザもかなり魅力的な音を出していた。モーハンのアルゴザの言い値は六千ルピーから一万ルピーだったが、これはタガレムブヒールの価格設定と同等であることから、おそらく三千ルピーから五千ルピーが妥当でないか、と後でコーディネーターのカマルから聞かされた(【注】これらの価格は当時の調査によるものであり、必ずしも相場を示すものではありません)。
部屋の一角の棚に大量の出荷待ちのアルゴザが袋詰めで置いてあるのが気になり、週に何本程売れるのかと尋ねてみる。
「あまり売れない」
「では一ヶ月では?」
「売れない。今月は一本も・・・」
モーハンと息子のハリシャンカールが苦笑いする。いきなりの訪問で最初は些(いささ)か冷ややかな対応だった彼らだが、この笑いを機に互いの緊張が解けた。周りの空気が和んできた頃を見計らい、モーハンがアルゴザを演奏してくれるという。彼が二本のフルートで音を出すや否や、殺風景な部屋が急に生き生きとした空間に変わり始めた。新緑の香りが漂ってきそうな軽やかで艶っぽい音色だ。エラン・ヴィタール
Elan Vital(生命の躍動)というフランス語がなぜか頭に浮かぶ。一本は軽快なメロディを奏で、もう一本はサーキュラー・ブリージング(循環呼吸)によるドローン(持続音)を鳴らす。プーンギー(ビーン)
Pungi (Been, Bin) など、インドの他の吹奏楽器でもこのサーキュラー・ブリージングが多用されるが、難易度はかなり高い。ローランド・カーク、ソニー・ロリンズ、デューク・エリントン楽団のハリー・カーネイなど、ジャズ・ミュージシャンの管楽器奏者がこぞってこの技術を取得したくなるのも肯ける。
後で撮影したビデオ映像をプレイバックしてみたら、寄り過ぎて撮ったためにアウト・オブ・フォーカスになっている箇所が目立つ。今回のインドでの初セッションということで緊張してしまったのだ。撮影前にもマイクが全く認識せずに困っていたら、マイクのキャノン端子がカメラ側と繋がっていないことをハリシャンカールに指摘されて赤面したこともあった。かなり気負っていたのだろう。(次回に続く)
(写真:楽器職人モーハンによるアルゴザの演奏には、楚然たる色気を感じた)
2008/08/06
『ザ・ラジャスタン』音楽紀行
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